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2005年4月に作成された記事

2005/04/30

万博大学第3回講義ノート「ヒトの設計図・ゲノムを極める」清水信義氏

 ヒトゲノム研究の第一人者清水教授の講演を聴く。

 ゲノム(Genome)とは、遺伝子(Gene)と染色体(Chromosome)をまとめて呼んだもので、化学的実体はDNAである。
 ヒトの個体は60兆個の細胞で作られている。その一つ一つの細胞は23対つまり46本の染色体で特徴づけられている。染色体を形成するのはDNAである。DNAは50年前にワトソン=クリックが明らかにしたとおり二重らせん構造をもつ、糸状の巨大分子である。どれほど巨大化というとDNAの端から端までが1個2m。ヒトにはこれが60兆個あるわけだから120兆mのDNAという糸でがんじがらめにされているということになる。人の世のしがらみを考えるとなにやら象徴的である。
 DNAがタンパク質を作るしくみをセントラルドクマといい、これ自体はすべての生物で同じである。DNAはタンパク質を合成する設計図だ。A、T、C、Gという塩基(A-T、C-Gという塩基対)の配列は64種類あるが、これが遺伝暗号となる。塩基が30億個並んで一つのシナリオを作っている。
※このあたりはさらっといってしまったので、私はここでおさらいをした。ここはもっと詳しい。

 清水氏のゲノム解析プロジェクトは、川崎にある慶應義塾大学新川崎タウンキャンパスで展開されている。ハイテクラボラトリーといった感じの設備である。そこでは、ヒトゲノムのシーケンシング作業が行われている。ロゼッタストーンの解読にたとえるように、膨大な文字列に句読点を打って遺伝子構造を解析する。慶大チームは99年12月2日にヒト22番染色体のDNAシーケンス報告を行った。3400万文字の塩基を読み取ったのだ。また翌年5月には日ヒト21番染色体の解読にも成功し、解読完了記者会見を行った。メディアには「神への挑戦」と書かれた。
※このあたりのスライドは慶大医学部分子生物学教室のHPに出ているものから多数取られていた。
 ゲノム解析による生物の遺伝子数は、ヒト23000、クダモノバエ13000、線虫数千。ヒトの遺伝子がこんなに少なくていいのかという指摘があるが、巧妙なメカニズムによりこれで足りているらしい。
 メンデルの遺伝の法則はよく知られている。形質を継代する因子が遺伝子である。優性遺伝と劣性遺伝があり、髪の毛、つむじ、まぶた、目の色、耳あか(ドライorウェット)、巻き舌などに現れる。ヒトの毛髪の形成にも108個の遺伝子がかかわっている。ちなみに108という数字は除夜の鐘を鳴らす煩悩の数と同じ。これも象徴的である。
 毛髪は毛胞で作られるが、そのon/offのスイッチには遺伝子が関わっている。これを早く解明しなければならない。
※清水氏にも時間がない(額後退中)とのコメントに会場は爆笑。随所に、一般向けのセミナーという心遣いあり。

 ところでゲノムには個人差がある。タンパク質のアミノ酸配列のうち0.1%は、人により異なる。これを1塩基多型(SNP)という。ヒトの塩基は30億だから、300万くらいの塩基は人により異なるわけで、体質の差となって現れる。またDNAによる個人判定はこれを利用する。
 生活習慣病は、環境因子とSNP(遺伝因子)が引き起こす。診断と予防にゲノムが役立つかもしれない。
 パーキンソン病は第6染色体の一部が欠損しているため脳内の黒質神経細胞に異常をきたす病気であるが、そのメカニズムが解明されつつある。また常染色体劣性難聴の家系を分析すると、21番染色体の聴覚関連遺伝子の異常がみられた。こういった研究を重ねて疾患遺伝子データベースを作っていく。ヒトゲノム解析の21世紀医療へのインパクトは、DNA診断、ゲノム創薬、再生医療と広がっていく。
  どのような遺伝子がどのように働いているかを解析するために、研究室ではDNAマイクロアレイを使っている。これはガン細胞の暴発を調べるにも役立っている。遺伝子治療では、ウイルスに治療用の遺伝子を乗せて臓器まで運ぶことが考えられているし、再生医療の分野では臓器の再生も研究されている。クローンについては、科学の快挙とも神への冒涜とも評価されるが、クローン人間は作製禁止である。ただ、ルールを破るグループが現れる可能性はある。
 生命の設計図はゲノムDNAである。それは「命の大切さ」を秘めている。ヒトの胎児は動物の進化の過程をたどる。ヒトの遺伝子と似た遺伝子を他の動物も持っている。たとえばメダカはヒトの6割もの共通する遺伝子を持っている。
 生物は、固有の特徴的なパワーを生み出す遺伝子を持っている。イルカの超音波バイオセンサーや、ヒラメ・カレイのような左右非対称のもの(ヒトの体の中もそうだ)、こういうものをゲノムスーパーパワー(GSP)と呼び、それを探索するプロジェクトを進めている。NTTが推進するグリッド・コンピューティングによる計算に、皆さんもぜひ協力してほしい。
 ゲノム研究は21世紀社会に多様なインパクトを与えるだろう。
 いまはGSP探索する研究所を作るのが大きな夢である。学生諸君も科学する心で夢に挑戦してほしい。
※ゲノム俳句、ゲノム塾、ゲノムを讃える歌(本邦2回目公開;メダカの学校の替え歌)の披露もあって笑わせてくれた。ゲノム俳句はあまり自信作でなかったのか、ささっと次へ行ってしまい、メモがとれなかったが・・・
【ゲノム憲章】
・ゲノムの謎解きに挑戦する
・ゲノムの神髄を正しく理解する
・ゲノムから個の尊さを学ぶ
・ゲノムの尊厳を守る
・ゲノムから新世界を開拓する

講義後のQ&A。今回は本山サテライトからも質問があった。

Q 友人がパーキンソン病ですが、ゲノム解析により治るでしょうか。
A 残念ながら、学問は進んでもフィードバックできていないのが一般的な姿だ。まだ対症療法しかなく、画期的な治療法は出ていない。

Q ゲノム研究の究極の目的は?
A アカデミズムで言えば、ヒトの設計図を科学的に理解するという、知的好奇心の対象だ。

Q 進化と遺伝子コピーとは矛盾するような気がするが・・・
A DNAがコピーされるときに、微妙に異なるものができる。生存には影響がないが、それが多様性を生み出す。進化はその果てしない繰り返しで起こる。遺伝子情報の中には機能していない「ニセ遺伝子」が多数存在するが、将来の人類に役立つ形質かもしれない。

Q 塩基とはどんな物質?生き物か?
A 化学物質だ。いわゆる生きているという意味とは違う。

Q タンパク質の配列が音楽になると聞いたことがあるが。
A ちょっと無理もあるのでは。

Q DNAマイクロアレイという機械はどんなものか。
A DNAの文字列をスポッティングするための機械だ。DNAのどこが傷ついているか、診断に使うことができる。

Q 父、祖父の頭髪が薄いが僕は大丈夫だろうか。
A わからない(爆)。早く研究に参加してください。
 
(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。特に今回は信憑性低いです。

うまいにゃん

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 猫草は細くて噛みちぎりにくいんだよ。その点こうやって花があると簡単に食べられちゃう。甘い香りもするし・・・・食べられるよりはつぼみの増える方が多いので、特に影響はなし。

2005/04/29

水温む

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 今日も半袖で過ごせる陽気。さわやかな季節です。一昨日祖父江の客先から帰る途中、田んぼに白鷺が降りていたので、車を駐めて見ました。田植マシンが働いている横で、田んぼの虫(?)をついばんでいました。こういうとき、いいカメラがあったら楽しいでしょうね。

2005/04/28

本日の朝日

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 瀬戸方面から上る太陽。こんなふうにまん丸な輪郭が見えると、太陽が星であることを実感する。太陽と地球との奇跡のような最適距離に感謝。

2005/04/25

フェラーリ復活

 ヨーロッパラウンドスタートのイモラは、すばらしくドラマティックなレースとなった。予選はこんな感じだった。ポールはライコネン、続いてアロンソ、バトン、ウェバー、トゥルーリ、琢磨・・・、フェラーリの2台は10位と14位である。
 スタートはほぼこの順位のまま。が、初盤でライコネンがスローダウン、ジンクスどおりリタイアとなる。アロンソがトップに立ち、トヨタのバトンが続く。3位には同じくトヨタのトゥルーリ、ウィリアムズのウェバー、ホンダの琢磨が激しく争うが、抜きにくいサーキットである。
 中盤ではバリチェロがリタイア。やっぱりフェラーリのニューマシンはまだまだなのかと思っていた。ところが3位争いを繰り広げていたマシンがピットストップをしている間に、なんとそれまで遙か後方にいたシューマッハが猛烈に追い上げて3位に浮上。魔法のようだ。イモラはフェラーリの本拠地であり、スタンドは大歓声である。
 シューのマシンは前の2台と2秒ずつ差を縮める。ここでアロンソがピットストップ、3位に下がる。シューとバトンではどちらが先にピットに入るか作戦は?と見られたが、コース上でシューがバトンを抜いてトップ。その後バトンが先、シューが後でピットストップ。シューのピットストップは6秒で終わったがアロンソの先に入ることはできず。しかしその差はわずか。残り12周をアロンソとほとんどテールツーノーズの、激しいバトルを見せてくれた。
 結果は弱冠23歳のアロンソが、ミスもせず残り12周を抑えて優勝。シューマッハの意地と、アロンソの精神力が、すばらしい感動を与えてくれた。この2人の機械のような完璧さはすばらしい。ちょいミスの多い私にはなおのことそう思われる。3位にバトン、5位に琢磨、7位トゥルーリ、8位ラルフと、日本勢も2台ずつがポイントを獲得して実力がついてきたことを示した。ほとんど画面に映らなかったがビルヌーブが久々に6位入賞。コメントが聞きたかったな。
 

2005/04/24

ウォッカキャロット

 今日は野菜を食べていないなあと思ったので、旬シリーズ「冬しぼり」をSmirnoffで割ってみた。もう一声、何か入れるともっとおいしいと思うのだが。もしかしたら醤油とか? でも試してみる勇気がない。そのままいただく。

2005/04/23

咳は花粉から

この2月ほど咳に悩まされてきた。最初は風邪だと思っていたが、人が花粉症だという。さほど重症でもないので放置していたが、最近なんとなく体が不調なのは「咳が出る」ことよりも「咳が出るからジムに行くのをやめている」からではないかと疑いだした。となればなんとか咳を止めねばならぬ。風邪なら内科だし、花粉症なら耳鼻咽喉科だと1週間くらい迷っていたが、どちらにせよ対症療法しかないことに気づいた。そこで、息が苦しくなる花粉症の薬を処方されるのはたまらんと思い、かかりつけの(といっても年に1度お世話になるかならないかなのだが)内科に行った。
やはり喉がやられている。花粉のせいらしい。とりあえず薬で症状を止めなさいとのこと。3日くらいで治るとのことだったが、1回飲んだだけで咳の量は激減、鼻水も全く出ない。明日で3日経過だが、さて気持ちよく治るだろうか。
marumaribako
今日はちょっと寒かったにゃん。
拡大してみると足にパパ譲りのトラ模様があるのがわかるよ。

2005/04/21

万博のオンライン予約って・・・

 はあ~~~疲れた。
 せっかく万博大学へ行くんだから万博会場にも来てねっていうのは協会でも同じことを考えているはずなんだけど、予約システムがねぇ。
 昨夜、5月21日(土)の予約を取ろうと思うけど、何時に更新されるかわからない。で、12時に更新されないのを確認して寝る。朝は5時からチェックを続け、更新されたと気づいた9時になった途端、アクセスできなくなった。時々先の画面にまで行くのだがごめんなさいになってしまう。そうこうするうち、お目当てのトヨタ館は売り切れた。わずか30分である。その後もトライし続けるがつながらない。1時間やって、さすがに「これじゃあ現地で待つのと同じじゃないか」と思い、時々試すだけにした。が、状況は変わらず企業パビリオンは10時50分に売り切れた。
 その後11時を回ったら、ようやくつながった。しかも小出しにしていたのか、企業パビリオンの枠が戻っている。やった、と思いきや、この券ではもう予約はできませんときた。さんざんじらしておいてこれだもんなあ。同日2件までというのは、複数日不可であったのだ。ということはせっかく全期間入場券を持っていてもネット予約は実質上1ヶ月に1度だけということになる。なんだかなあ。
 ついでにいうと万博のホームページは公式サイトのくせしてなにかと不親切だ。この前予約したとき(平日の売れ残ってるやつを予約したのでアクセスは楽だったが)、2つめのパビリオンを予約しようとしたら「予約と予約の間は2時間以上開けてください」と出た。で、2時間後に再び申し込んだらまた同じメッセージ。よくよく考えたら予約する集合時刻の間隔を2時間以上という意味だった。今回の「同日2つ」だってそうだ。誤解を招く表現はやめてほしい。誤字も見つけちゃったので「作り方が悪い」っていう評価に傾いちゃうなあ。
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お疲れ・・・

2005/04/20

たこ焼き

 たこ焼きは滅多に買わない。ほとんど期待できないからだ。多少気になる店があると、焼いているところ、お客に渡しているところあたりをさりげなく観察して「や~めた」と思ってしまう。
 私の好きなたこ焼き。醤油味である。醤油は焼く途中でかけ、少し表面ににじんで香ばしく焦げているのがよい。間違っても焼いてからソースを塗ったのはゴメンだ。たこは大きすぎず小さすぎず。たこ焼き自体の大きさもこじんまりとしている方がよい。キャベツとネギの味、衣をといた出汁の味、香ばしい油の味、こういうのが混沌としていい味を出しているたこ焼きを食べたい。
 というわけで、買うまでに至らぬ店のなんと多いことよ。
 思い出の店は東新町にあった「たこ新」。飲み屋街の中にあって、頑固な親父が焼いていた。開店時間も閉店時間も休日も親父の気分次第。いちおう19時開店だが、その時間に合わせていくと「時間かかるよ」と、さも買っていらなさそうな返事。待っても食べたいという客が好きなようである。忘れもしないのは最初に店に行ったとき。閉店間際の1時頃だ。散々に酔っぱらった私は、こういうたこ焼きじゃなきゃ嫌だっていろいろ講釈を言っていた。たこ新の親父はなんとうるさい客だとむっとしていたが、どうも自分のたこ焼きが私の好みにぴったりというのがわかって、口もとがゆるんでにんまりしたのだ。「うるさいぞ」としかられながら「うまい、うまい」と食べた。以来やみつきになったが、場所柄なかなか買いに行けなかった。そしていつのまにか店はなくなった。
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 さて、先週金山で、焼いてる人と目が合ってしまったので珍しく買って帰ったたこ焼きが「たこ舞い」。バスに乗っている間中何ともいえないうまそうなにおいで楽しませてくれた。事務所について速攻ビールで味検分。う~ん、中身は私好みより少し柔らかいが、いい味している・・・と思ったので皆様もお試しあれ。オリーブオイルで焼いているというのもポリシーを感じる。材料はHPで確認を。出汁は表記の通りだと思う。においがすばらしいもの。
 ちなみに私が今いちばんうまいと思うたこ焼き屋は・・・・・・実家の父が数年に一度焼くたこ焼きである。

2005/04/16

万博大学第2回講義ノート「ノーベル化学賞への道」野依良治氏

 ノーベル化学賞受賞者野依教授の講演を聴く。

 まずはこの地区へのメッセージ。21世紀は「知識基盤社会」となるであろうが、これは国民が知性を磨く必要のあることを示している。当地はモノ作りの盛んなところだが、知的クラスターにもなってほしい。「愛知」の名のごとく知恵を愛し、若い人たちは知的に精進していただきたい。
 野依さんのノーベル化学賞受賞は2001年である。この年はノーベル賞100周年の記念すべき年で、式典には130人が正装(燕尾服又は民族衣装)で集まった。野依さんもNのマークの上で国王から賞をもらう。
 野依さんの科学観はこうだ。科学研究とは、はてしなく続く「知の旅」である。目的地への到達よりもさまざまな出会い、良い旅をすること自体に大きな意味がある。優れた研究は優位の人を育て、また社会にも貢献する。(太字はスライド;以下同じ)科学は永遠に発展するものであり、その研究ではプロセスも大切だ。
 科学の役割について考えてみよう。人間はいつも環境(自然および社会)と対峙し、順応しながら生きている。大事なことは「自然を知る」こと、「文明を作る」こと、「文化を育む」ことである。それでは自然とは何か、そして私たちは?宇宙の誕生は137億年前のビッグバン。太陽系ができ、地球ができ、人類が現れたのはせいぜい10万年前だが、すべての生命の起源は同じであることがわかっている。DNAは「物質」であるが、それは宇宙の4%で、残りの96%はダークマターである。こういうことをすべての人が客観的に知ることができる、そのことにより謙虚に生きることができるのであり、まっとうな自然観が育まれる。そういう意味で基礎科学は社会的に大きな役割をになっている。自然観と世界観を変革した科学的発見はさまざまである。宇宙観はガリレオによって変わり、生命観はメンデルによって変わった。自然を五感で知ることには限りがあるが、科学や技術によって深く知ることができる。
 ここで野依さんは生い立ちについて語る。野依さんの父は化学製品の会社に勤めており、比較的裕福な家庭だったのだろう、神戸大付属小、灘中・高と進学する。自然環境と、良き友と先生に恵まれ、家にはあふれるほど科学の書物があったという。1949年、湯川秀樹氏がノーベル物理学賞を受賞し世が沸いたとき、父は湯川氏と近しいことを聞き、憧れと親しみを感じたという。その2年後、野依さんが中学に上がる春休み、父と行った東洋レーヨンの製品発表会「ナイロンは石炭と水と空気から生まれる」ことを知り、これが野依さんを化学へ向かわせる決定打となる。こういう環境の中で野依さんは化学への「憧れと感動、そして志」を高くしていった。そして57年にはビニロン発明者櫻田一郎先生にあこがれて京大工学部へ右と左の概念には、53年のDNA二重螺旋、56年のパリティーの非保存で出会う。
 子供たちには憧れや感動を与えるような具体的な物や人を示すことが大切である。ビニロンは日本初の合成繊維で、櫻田教授は当時中学生でも知っていた。現代ではそういう大先生がいない(のがさびしい)。
 野依さんの灘中・高時代は昭和26-32年。「精力善用、自他共栄」の校風の元、男は気力と体力だと思って柔道をやった。勉強はやりたいことをやるのが大切だ。偏差値なんかは愚の骨頂だ。
 60年、京大工学部4年、卒業研究で宍戸圭一、野崎一先生に師事、化学ほど面白いものはないと思った。大学を卒業して会社員になろうと思っていたのに、野崎先生に誘われるまま助手になって大学に残ることになる。そして27歳で運命との出会い、後にノーベル賞の発端となる研究に出会うのである。その後68年にはフグ毒の研修者平田義正から「名古屋の有機化学を良くしてほしい」と言われ名大助教授に。 しかし翌69年にはハーバード大学へ留学。米国の圧倒的な力に驚く。学問の差にも驚いたが、給料の大差(地位逆転してもなお10倍の差)にも驚いた。72年、理学部教授に就任、結婚。教授になってから結婚したので、内助の功はないことを「特記」したいそうである。   
分子の特徴のうち、基本的なものは次のようである。
・有限かつ一定数の原子の集合体
・原子の厳密な結合順序(=原子の結合長は0.1-0.2nm)
・立体配置(相対的、絶対的[左右])
・立体配座(すがた)
・物性と機能の発現
・設計と合成(各種化学反応の組み合わせ)

化学は観察のみでなく、無から有(価値あるもの)を生み出す科学である。そして野依さんの関心の焦点は分子の立体配置である。分子における左右(キラリティー、掌性)は炭素の原子に腕が4本あることからできる。すなわち分子式が同じでも分子の結合の仕方(配置)によって左右非対称鏡像異性体光学異性体)が生じるのである。こういう炭素を「不斉炭素」といい、分子の物理的数値は全く同じだが、生物現象、生命現象においては別のものになる。たとえば香料・食品添加物では味・においが別のものになってしまうし、医薬や農薬においては片方は薬だが片方は毒となることもある。サリドマイドはその典型である。左右のあるもののうち、一方は生体内のレセプターにぴったりとはまるが、もう一方ははまらない。それが毒性を持つことにつながる。かつてパスツールは、左右非対称について、無生物の化学と生物物質の化学との間に、はっきりと引ける唯一の境界線、無生物的な対称的な力が対称的な原子ないし分子に働いて、そこに非対称的性が生じるはずがないと述べたが、野依さんはこれを疑問として挑戦を続けてきたのだ。
 右手型と左手型の生成する割合は1:1である。それは分子の数がとてつもないものであるからだ。アボガドロ定数をここで考えてみる。アボガドロ定数(1モルの分子数)6.02×10の23乗である。これは18グラムの水の中に入っている分子の数だが、ぴんとこないと思うので具体的に見えるようにしてみる。たとえば、鉛筆で打てる打点の数は1分間に300-400である。これをアボガドロ定数分1人でやると10の15乗年(1000兆年)かかる。世界中の63億人で手分けして一斉に始めたら16万年かかる。あるいは、1分子が米粒大とするとアボガドロ定数は10の7乗立方kmすなわち東京ドーム100億杯、琵琶湖50万杯、日本全土に敷き詰めたときの高さ30kmである。化学者はこんな数を取り扱っているのである。そして科学者、教師は、学生に感動を与える教え方(それは具体的に頭に描けるもので見せることだ)を心がけるべきである。
 野依さんのもらったノーベル賞のプレートには左右対称の巻き貝が描かれ、片方は明るい色、片方は暗い色で描かれている。すなわち分子の左右を作り分けることを可能にしたのが野依さんの業績である。触媒を使うと、左右の比率を99:1もしくは100:1で生成することができる。不斉水素化反応の触媒は1974年から80年の6年間で開発された。この研究は野依さんだけでなく故人高谷教授の功績も大きいそうだ。6年の研究は長かったが、あきらめなかった理由について野依さんは、「分子が美しいと思ったからです。それしかない。・・・この美女をなんとか・・・きわめて情緒的かつ主観的なものではありますが、まあ、そういうことです。」と熱っぽく語った。科学には「思い入れ」も大切である。それは「確信」と言ってもいいが、「思いこみ(盲信)」はNGである。精神的な要素は仕事をする上でたいへんに重要である。

科学研究の評価の要素
 ・独創性   驚き
 ・普遍性   信頼、納得
 ・継続的な先導性
 ・科学的、社会的波及効果
    「分野の開拓」「雇用の創出」

野依さんが考える評価の要素は、まず独創性。研究は人と違うものでなければならない。また、驚きをもたらすものでなければならない。次に普遍性。多くの人が「腑に落ちる」ことが必要である。そして先導性、常にリードすることだ。競争の世界である。金もかかるしチームも必要だ。最終的には新分野の開拓と雇用の創出を伴わねばならない。最たる例はワトソン-クリックのDNA二重螺旋の発見だろう。これにより「分子生物」の分野ができ、ビジネスとしても大きな広がりとなった。
 科学と社会のかかわり 
科学研究知の営み)は純正分野である「知識の創造」と応用分野である「知識の活用」に分けられる。知識の創造は自然科学人文社会科学であるが、そこでは創造性、普遍性、啓蒙性が必要である。なかでも啓蒙性は「教える」こととしていちばん大きな役割を示している。一方知識の活用は産業技術で具現化されるが、それはもっと大きな科学技術の一部でしかない。応用分野としての産業技術には事業性がなければならないが、それだけでは駄目だ。文明社会に向けた科学技術を考えねばならず、そこでのキーワードは公共性である。科学は誰のためにあるべきか。それは未来の世代のためにあるべきである。我々の世代は十二分に恵まれている。化石資源問題など、世代間の不公平があってはならない。いま、人類生存のために、未来に向けてはっきりした答えが求められているのだ。科学は人類生存のためにある。分野融合により科学と技術が相携えて未来を見つめてゆかねばならない。
 20世紀技術革新の時代であった。我々の生活を決定的に変革した20の技術として最たるものは電力利用であり、以下、自動車航空機水の供給エレクトロニクスラジオとテレビ農業の機械化コンピュータ電話技術空調と冷蔵高速道路宇宙衛星インターネットイメージング・・・と続く。これらはアメリカの価値観なので、我々日本人には少しぴんとこない部分があるかもしれない。たとえば高速鉄道(新幹線)などを入れたいと思う。残念なのはこれらのなかに日本がゼロから始めたものが入っていないことだ。今後基礎科学に力を入れたいのはそのためでもある。またこれらの選択基準は公共性と長期的視点である。しかしこれらはすべて地球の枠組みの中で成り立っている。その前提が変われば直ちに破綻するものであるという認識を持つことが重要である。
 現代は矛盾内蔵型の社会である。そして当事者が責任を回避している。人口爆発、市場経済の蔓延(グローバル化)、産業技術の発展、生活様式の変化・・・過大な人間活動が深刻な気候変動と環境変化、そして資源・エネルギーの枯渇を惹き起こしている。現在の状況は我々が選択し自らを危機に直面させているにもかかわらず、責任を取らずツケを未来に渡そうとしている。
 メビウスの帯は、我々の価値観を端的に表している。メビウスの帯は、ローカルに見れば表は表、裏は裏である。しかしグローバルに見れば一つであって裏表はない。これは矛盾内蔵型の現代社会と同じである。我々の叡智によりこの矛盾を解決していかねばならない。
 今後重視していかねばならないことは、文明と文化の共生である。文明(civilization)とは、人知による技術的物質的所産としての近代社会の状況である。それは普遍的であり、流行し進歩すべく宿命づけられている。一方文化(culture)は、精神的特質であり、多様で、伝統としての永続性を持つものと定義づけられる。現代の状況は、文明が文化を踏みにじっているのではないかと思われる。日本が衰退しているとすれば、それは文化の衰退によるものだと思う。皆さん一人一人の文化度を上げることによって、まともな社会が作れる。
 文化の要素には、言語、情緒(感性)、論理(理性)、科学、がある。ベースになるのは言語である。言語がなければ何も始まらない。が、各要素は互いに尊重しあう関係でなければならない。学校教育の早い段階で文系・理系を分けるのは亡国への道である。文系の人は理系の学問に興味を持ち、理系の人は文系の学問に興味を持つことが必要である。
 人間が生きる真の意味は、世代の継承である。それは、「ヒト」としては種の保存(DNAの伝達)であり、「人間」としては文化の伝承である。われわれは何処から来て、何処へ行こうとしているのか。真当な自然観、社会観、人生観そして国民としての誇りを享受するため、科学と科学技術があると思っている。生は偶然、死は必然である。もし「悪」というものがあるとすれば、それは世代の継承を人為的に妨げるものである。最たるものは核兵器、軍事であろう。

講義後の質疑応答。たくさん手が上がった。野依さんは若い世代に答えたいようだったが、質問者は老若半々。しかしすべて男性。

Q 野依さんが就職を望みながらも大学に残って研究の道を選んだわけは?
A 野崎先生にだまされたから(笑)。人生は川に流れる笹舟のごとし。目的よりも川の流れの方が大きくなって、だんだん足が抜けられなくなった。人生には自分の意図を越えて運命の出会いがやってくるようだ。どちらを選んだら良かったかということになるとわからないが。

Q 教授になるにあたっては奥様の内助の功はなかったとのことですが、その後は?
A (大照れの様子)感謝するとすれば、自由にさせてくれたということ。それ以外は思い当たらない。
Q では、奥様にきいてみましょう。
A 男の人が自分の好きなことをするのを見ているのが好きなので、それでやってこられたと思います。

Q 先生の業績は左右の作り分けですが、自然本来の姿はどうでしょう?
A ゆらぎや増幅のメカニズムが知られており多説あるが確定した答えはない。

Q ノーベル賞受賞の雰囲気をもう少し話してください。
A 12月10日の授賞式より、10月10日の発表の時の方が大変だった。インターネットに出てからは、水を飲む暇もないくらいに忙しくなったし、ジャーナリストから逃げるのも大変だった。セレモニー自体は、華麗、荘厳なものだった。たいへんフォーマルで、晴れがましかった。

Q 6年にわたる触媒の研究の途中、迷いはありませんでしたか?
A 1人でなかったことが大きい。高谷教授、大勢の学生が助けてくれた。忍耐強く、協力的で、気長につきあってくれた。また、私自身は他の研究もやっており、気が紛れた。が、触媒の研究も忘れることなく続けたということだ。

 野依さん、毛利さんとも世代の継承のために人は生きねばならない、未来にツケを残してはいけないことを共通して話された。受講生の我々は、そのメッセージを一人でも多くの人に伝えねばならないだろう。地球とつながる生命の一つとして。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。(録音禁止ですからね)

(おまけ)今日からは愛工大での受講だ。早く到着して真ん中ブロック2列目の端の席をゲット。当然のことながら今回はスポットライトとかはないし、机もあって授業の雰囲気。しかも学生たちのにぎやかなこと。

アイドリングストップ

 暖かくなってくると、停車中の車のアイドリングが気になってストレスになる。先日もある企業の駐車場内で携帯電話をかけている人、区役所の駐車場で昼寝をしている人を見て腹が立った。無駄なガソリンを使わないで! 企業の駐車場の方は「アイドリングストップの看板を出したら?」と提案してすぐに受け入れられたのでよかったが、たいていは伝える手段がない。窓をノックして「エンジンを切ってね」とでも言おうものなら、何が返ってくるかわからないからだ。アイドリングストップ啓蒙員を配置し、啓蒙パンフを配るとか、行政が動かないと駄目かもしれない。愛知万博は地球の愛し方を様々な形で見せてくれるようだが、これまで環境に無頓着だった人をどこまで動かせるか。
 2シーターのスポーツカーなんかに乗っているから、おまえこそガソリンの無駄遣いじゃないかと言われそうだが、燃費が10km/Lを下回ったことはまずない。峠道ではそれなりに楽しませていただくが、高速道路で飛ばすことには興味がない。最近車の性能がよくなったせいか、120キロくらい出ているなと思うスピードで迫ってくる車の半分くらいが、シニアの方が運転する国産高級乗用車であるのには、複雑な思いである。

 
 

2005/04/10

万博大学第1回講義ノート「地球生命として未来への挑戦」毛利衛氏

 万博大学が始まった。初回は宇宙飛行士毛利さんの講演だ。
 毛利さんはもともとは材料やエネルギーを研究する仕事をしていたのだが、宇宙飛行士になり、宇宙から地球を見て生命や社会について考えるようになったそうだ。「地球はまほろば」つまり「たった一つの帰るところ」である。その思いを共有するには、我々もまず地球から離れた宇宙から地球を見てみなければならない。スクリーンにはまず30キロ上空から見た愛知県が映し出された。三河湾が上、つまり南が上であるが、宇宙から見れば南も北もない。次は300キロ上空。スペースシャトルの窓だと、その幅に丁度九州から北海道までが入るという。さらに13000キロつまり地球一つ分離れてみる。地球全体が見える。そして月面から見た地球。月の地平線に地球が沈むアポロ8号からの映像を見て、「宇宙船地球号」という概念が生まれた。1969年、毛利さん20歳の時だ。
 そして人類の挑戦は火星へと進む。一昨年、300万年ぶりに火星が大接近するのに合わせ、各国が火星に向けてロケットを打ち上げた。が、成功したのはNASAのみ。火星探索ロボットはSpiritとOpportunityの2機だが、現在でも火星表面で活躍している。彼らが火星に降りたって働き出すまでのCGがスクリーンに映された。アメリカの高校生の作品だが、非常によくできている。アニメーションは着陸船が切り離されるところからスタートする。火星の薄い大気との摩擦熱で熱くなり、パラシュートが開き、さらにはゴムまりの集合体のような緩衝材が放り出されてバウンドを繰り返した後、着陸船は安全に着地する。中からは探索機のシェル。羽のようにぱたぱたと自分で展開し、目となるセンサーを自分で持ち上げ、自走して火星表面に降りる。何しろ火星から地球へは電波でも往復20分かかる。いちいち次の指示を待っていたのでは働けないので、ロボットが自分で考えて行動できるように作ってある。エネルギー源は太陽電池だ。地面(地球ではないので火面とでも言うのでしょうかと毛利さんは言っていたが)の岩に当たらないように上手に進んだあと、岩石を削ってサンプリングするところまでが描かれていた。続いてロボットが撮影した画像となるが、CGとほとんど見分けがつかないほどである。(CGは編集したものをアメリカ館で上映中。探索ロボットのレプリカもある。)火星探索ロボットは、いまは火星上での生命の探索を行っているが、期待できるのはバクテリア程度の下等生物だという。また、岩石を分析した結果、水が存在した証拠である硫酸塩が存在しているという。
 火星での日没は、空が赤くならない。大気が二酸化炭素であるため、日没の空は青い。
 太陽は、エネルギーの塊である。爆発を繰り返す、怖いくらいの存在だ。しかし地球では、太陽は「生命を育むもの」である。これは地球に大気と水があること、さらに金属でできたコアが回転することによって発生する磁場が太陽からの有害物質(プラズマ)をカットしているためである。
 ここで毛利さんは提案する。

地球環境意識の拡大
 +30km      →   +1億5000万km
 成層圏       →   太陽系
 地球表面
   深海-10km →   内部コア -6500km 

この提案は長久手日本館にも展示があるそうだ。
 
 テーマは次に移る。科学はめざましく進歩しているように見えるが、実は生命と宇宙の係わりについての研究は相当遅れている。スクリーンには再び、宇宙空間から見た地球が映し出される。

地球表面にはたくさんの人間がひしめいているが、実は宇宙からはその姿は見えない。もし宇宙人が宇宙から地球を見たとしても、人間がいることは気づかないだろう。宇宙から確認できる地球の生命は、陸では森林、海ではサンゴだけである。しかし夜の側で地球を見ると、たくさんの光が見える。光は人間が出している。そして光はネットワークを形成しているように見える。なぜ今、ネットワークが必要か、それを考えてみよう。

私たちは今科学技術によって
・宇宙から地球全体を見られるようになった
・生命のもと(ゲノム)がわかった
その結果
・すべての生命はつながっていることがわかった
    今新しい時代を生きている
       (太字はスライド)

DNAの組み合わせで別の生物になることがわかった、つまり生命はすべてつながりを持っているのである。

生命はどのようにつながってきたか
・多様化
・個の新しい挑戦

生きることの意味
・個として生きる ~100年
・日本人    ~2000年
・人類     ~200万年
・地球生命として ~40億年

生きる喜びとは
・生き残れる可能性が高まる
 →病気を克服するとうれしい  能力が高まるとうれしい
・次世代につなげること
 →赤ちゃんが生まれるとうれしい 子供が成長するとうれしい

では、なぜ個人と関係のないイチローや松井が活躍してもうれしいのか。あるいは世界新記録が出るとなぜうれしいのか。それは、日本人の能力が高まったこと、人類の能力が高まったことがうれしいのである。能力が高まることは、生きのびる可能性が高まることである。

個の挑戦と全体とのつながり
 人間を含む生命体の流れ
 全体の貢献
 

誰もが期待されている
・環境と個性の適合で個が突然力を発揮する
 それにより種全体のレベルが上がる
・誰でも皆DNAの組み合わせが違う
 誰もがチャンスがある
 それに挑戦することが最高の喜び
 未来へ生命のつながりに貢献

個をのばすことは全体の能力が上がることにつながる。一人一人が多様な分野で挑戦することで社会全体のレベルが上がる。行き詰まっているから本能的にネットワークで地球を守ろうとしているのである。力を合わせ、未来に向けて生き延びることで地球を守っていかねばならない。

質疑応答で、火星に人が住む時代になるだろうかという質問に対し、毛利さんは大いに可能性があると答えた。火星の地下には大量の氷があるらしいし、二酸化炭素を利用して温暖化を図ることもできるかもしれない。火星に向かうのも、生きのびるためである。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。 

毛利さんが館長を務める日本科学未来館のHPはこちら

2005/04/09

万博大学 開学式

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EXPOホールでの開学式。受付スタートの12時に行くとまだかなり空いている状況で、名簿チェックもスムーズ。真ん中の前から3列目の端を取ることができ、うれしくなった。待つこと1時間、いつしか会場は満席となっていた。遅く到着したのはほとんど学生たち。

【学長・名誉学長挨拶】
学長である愛工大総長の後藤淳氏、名誉学長である豊田章一郎氏からのメッセージは、共通したものだった。すなわち、愛知万博の理念に基づき、「科学と人間」「技術と人間」「環境と人間」をキーワードに、21世紀の科学技術と人間の係わりを探求することを目的とし、21世紀を生きる我々の指針となるべく期待するというものであった。学生には単位が与えられ、終了後は講義録も出版されるという。

【開学の議】
 人形作家、愛工大客員教授である夢童由里子氏がプロデュース。実は氏は万博大学自体の発案者でもある。
 はじめは子供たちのダンス。子供の頃の「はてな?」→「そうか、わかった」という気持ちを思いだしてほしい、好奇心を忘れないで・・・というメッセージの込められた振り付けであった。疑問符がいっぱい付いた大人、「好奇心でハジケル」大人でありたいものだ。
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 次はからくり人形「花の祭り」登場。夢堂さんのリモコンで動き出す。最初は扇、次に目玉。からくり人形は、メカニズムとしてはカムとクランクを使ったしくみでそれはずっと変わらないものであるらしい。ただ、そこにいかにハートをプラスするかが重要だという。ARTは今は芸術を表すが、もともとは技術を表す言葉でもあった。ハートが入ったアートを作りたいそうである。ちなみに人形の首筋に「夢」の文字を入れてあるのに気づいた。
 次は大太鼓。考えるということは人類が営々と続けてきた本能的な営みである。太鼓の音で、本能を呼び覚まして欲しいというメッセージである。
 
 

2005/04/05

VTR解凍

 ようやく冬眠からさめてもらいました。言い訳をすれば、エンジンをかけてからある程度の距離を走るとき、時間に余裕があるとき、パソコンが鞄に入っていないとき、を待っていたら今日になってしまったというわけで。心配だったけど、一発で始動。全く問題なく走ってくれました。私の方は少しだけ上腕筋が疲労気味。

簡保の体質は変われるか

 お客様から簡保の団体契約について相談を受けている。これまでさんざん勧誘してきたくせに、ここへ来て急に団体性の確認を求められたというのだ。簡保がようやくコンプライアンスに取り組みだしたという点では評価できるが、以前に問題なしといって勧められたものを今になって不適格と言われたのでは、顧客は納得しないだろう。コンプライアンスを守ることの意味を職員一人一人が正しく理解しない限り、顧客の納得は得られない。民営化に向けて変わりだしたといっても、組織文化そのものは旧態のままであるに違いない。組織文化を変えるにはかなりのパワーが必要だ。正当性、妥当性、透明性・・・
 証券一覧を作るうち、これまでの簡保の営業姿勢が見えるようでため息が出た。保険料の数%にもなる団体割引は、簡保の観劇会などを思い起こしていただけばよい(同じく問題提起していらっしゃる方を見つけた)。これが保険業法にいう保険料の割引でなくて何なんだろうか。
【保険業法300条】
保険会社、保険会社の役員(生命保険募集人及び損害保険募集人である者を除く。)、生命保険募集人、損害保険募集人又は保険仲立人若しくはその役員若しくは使用人は、保険契約の締結又は保険募集に関して、次に掲げる行為をしてはならない。

一 保険契約者又は被保険者に対して、虚偽のことを告げ、又は保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げない行為
二 保険契約者又は被保険者が保険会社に対して重要な事項につき虚偽のことを告げることを勧める行為
三 保険契約者又は被保険者が保険会社に対して重要な事実を告げるのを妨げ、又は告げないことを勧める行為
四 保険契約者又は被保険者に対して、不利益となるべき事実を告げずに、既に成立している保険契約を消滅させて新たな保険契約の申込みをさせ、又は新たな保険契約の申込みをさせて既に成立している保険契約を消滅させる行為
五 保険契約者又は被保険者に対して、保険料の割引、割戻しその他特別の利益の提供を約し、又は提供する行為
六 保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者に対して、一の保険契約の契約内容につき他の保険契約の契約内容と比較した事項であって誤解させるおそれのあるものを告げ、又は表示する行為
七 保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者に対して、将来における契約者配当又は社員に対する剰余金の分配その他将来における金額が不確実な事項として内閣府令で定めるものについて、断定的判断を示し、又は確実であると誤解させるおそれのあることを告げ、若しくは表示する行為
八 保険契約者又は被保険者に対して、当該保険契約者又は被保険者に当該保険会社の特定関係者(第100条の3に規定する特定関係者及び第194条に規定する特殊関係者のうち、当該保険会社を子会社とする保険持株会社、当該保険持株会社の子会社(保険会社を除く。)及び保険業を行う者以外の者をいう。)が特別の利益の供与を約し、又は提供していることを知りながら、当該保険契約の申込みをさせる行為
九 前各号に定めるもののほか、保険契約者等の保護に欠けるおそれがあるものとして内閣府令で定める行為


 

2005/04/04

TOYOTA強い

 F1の3戦目はバーレーン。砂漠の中のサーキットである。気温42度、マレーシアに続き、暑さとの戦いが各チームの課題のようだ。予選はまたアロンソがトップだが、2番手に新型エンジンを得たM・シューマッハが来る。琢磨君やバリチェロは後ろの方である。
 今回のレースは走る方が慣れたのか見る方が慣れたのか、タイヤをいたわっているという様子が感じられなかった。いたわる必要もないほど、急激に新レギュレーション対応のタイヤ開発が進んだのかしら。
 スタートはシューが3位以降をがっちり押さえてアロンソとべったりの前半戦。フェラーリが新型マシンで復活かと思ったがギアが壊れてリタイア。(大きくコースアウトしたが、大きくコースアウトできる安全なサーキットだと思った。)後方からじわじわ上がっていたバリチェロのマシンもギアボックスの不調。同じく後方から攻めていた琢磨のマシンもブレーキが故障でリタイア。バトンもミッションが壊れた。
 結果は1位アロンソ、2位トゥルーリ、3位ライコネン、4位ラルフ、5位デ・ラ・ロサ。アロンソ2勝も強いが、トヨタとマクラーレンが2台ずつ入っているのがすごい。ルノーのもう1台は壊れてしまったから。最高益のトヨタはF1にじゃぶじゃぶお金を入れても平気なんだろうな。ただ、お金を入れれば勝てるってもんじゃないだろうから、トヨタはやはりすばらしい開発力を持っているんだろう。今回、表彰台のトゥルーリは笑顔だった。チームとの信頼関係が育ったのかしら。シャンパンがなかったのは、ローマ法王が亡くなったためか。
(おまけ)誰のマシンのモニターだったかわからないが、Gのかかっている方向と大きさを示すチャートが表示されていた。あれをもっと見たい。
(おまけ2)トヨタの力はやっぱりお金の力かも。ラルフが「F1ではお金はそれ自体大きな力なんだよ。」って言ってたみたい。

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