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2005年5月に作成された記事

2005/05/29

腱鞘炎その後

 腱鞘炎をやって3週間以上たった。最初の1週間は湿布、それからは重いものは持たない、手首を酷使しない。ちょっと手首を使ったなと思ったときに湿布、という具合で来た。ほとんど治ったとも思われるが、昨夜久しぶりにスポーツクラブに行って失敗した模様。動きのゆっくりした「ボディヒーリング」に出たのだが、かえるバランスをやったのが失敗だった。今になって具合が悪い。痛いほどではないが、湿布を貼ったら大変に効いている様子。
 ちなみに、かえるバランスは30秒くらい持続できてちょっとうれしい。

2005/05/23

That's Monaco, We know.

 モンテカルロも「逃げるライコネン追うアロンソ」の図式かと思っていたら、波乱だらけだった。アルバースがスピンして数台が立ち往生し、事故のとばっちりでクルサードがリタイヤ、ミヒャエルは周遅れになってしまう。あ~あ、この間に歯磨きと思って戻ったら5位以下6台がだんご状態になっていた。フィジケラのマシンがものすご~く遅くて抜けないのだ。なんと周遅れだったミヒャエルまで追いついてしまった。数周じれったい目をした後、我慢できなくなったトゥルーリがオーバーテイク。後続もまとめてフィジケラを抜く。が、フィジケラを抜いたときに縁石に乗ってダメージを受けたトゥルーリのマシンはスローダウンで最後まで浮かび上がれず。レース後「That's Monaco」と言って笑った。
 残り数周でウェーバーがアロンソをかわしたとき、アロンソがシケインをショートカットしたのにはがっかり。しかも2度も。ただ、2回目はそれでもウェーバーがアロンソを抑えたからまあよしとしよう。ビルヌーブもチョンボした。ライコネンのポール to Win には文句なし。

2005/05/21

万博大学第5回講義ノート「機械論的世界観からの脱却~生命誌の視点から」中村桂子氏

 JT生命誌研究館長の中村佳子氏の講演を抄録する。

 愛知万博のテーマは「自然の叡智」ですけれども、70年の大阪万博のテーマは覚えていらっしゃる方ありますか。学生さんたちは生まれる前の話ですが。そうです。「人類の進歩と調和」でしたね。今の万博の目玉はマンモスですが、あのときは「月の石」でした。科学技術が礼賛された時代ですが、すでに「調和」というテーマに気づいていた。水俣病や四日市ぜんそくなど環境問題が顕在化していたからです。
 振り返ってみると、我が国では、明治時代はヨーロッパに学び、富国強兵への道をたどりました。第2次大戦後、敗戦後は、アメリカに憧れ、民事事業による経済的成長と豊かな生活を実現しました。1970年代になり科学技術の問題点が顕在化、すなわち科学技術が巨大化し、ブラックボックス化し、安全性が疑われ出したとき、どこにもお手本がないことに気づいたのです。これからは日本が、こんなふうにしようよとお手本を示す時代です。21世紀へ向けての新しい科学技術を組み立てていかねばなりません。
 
 さて、「自然の叡智」って何? ということを考えてみたいと思います。自然はずっと昔から存在しています。調べれば調べるほど「叡智」と呼びたくなるものがあります。宇宙ができてから137億年、地球ができてから45億年、生命が生まれてから38億年、ずっと続いてきたのには何かがあったはずです。それを人間がどう見て、どう生かしていくかが課題です。
 考えるヒントとして、ブリューゲルの「楽園」という絵を見てみましょう。ここにはたくさんの動物が描かれています。ここに描かれている人間は、ムチでらくだをたたいて、自分の思い通りに動かそうとしています。ここではすべてを支配するのが人間の叡智です。
 それからこれはペルーの人が描いた絵です。森の中にはたくさんの動物がいます。ここで人間は森の神様から、ほかの生き物と一緒に森で暮らしていこうという通達をもらいます。
 では、日本の絵で、たくさんの動物と人間を描いたものはないか。探したけれどないんです。日本人が描くと人のいない自然になる。釣り人をちょこんと描いたような絵はあっても、生き物と人間との大きな関係を描いた絵はないんです。その中で選んだのが、この絵です。伊藤若冲の「池辺群虫図」(筆者注:アートボンさんのHPに図がありました)。これは池の周りを描いたもので、人工的だけれど全体としてはそれぞれがちゃんと生きている、幸せな暮らしを描いています。
ヨーロッパの絵では人間は環境を崩す存在として描かれています。ペルーの絵は自然と共存する存在になっていますが、60億の人間が生きるのは難しい。そこで、人工的だけど全体として・・・ということが組み立てられたら、日本人らしい問いかけになるのではないかと思っています。  
 これは、「機械」と「生命」の特徴を表にしたものです。
 
    機械  生命 
  -----------------
    進歩   進化
  -----------------
    効率    過程
    均一    多様
    量     質
  -----------------
   閉鎖系  開放系
   部分    全体
   合理    矛盾
  -----------------
   構造    歴史
   機能    関係
  -----------------
   還元    総合
  
 自然をこのままにしましょうといっても、実際にはできません。自然は動くもの、生きていて、変わるものです。いま地球上には5000万種類の生き物がいます。自然が求めるものは進化です。それは一つのものを目指して皆がそれに合わせるのではなく、多様化してそれぞれが質を高めるということです。たとえばヒトがいちばん優れた生き物として生物みんながヒトになろうとするのではなく、ヒトはヒト、アリはアリとしてそれぞれが質を高めようとするのが進化です。
 自然は過程を大事にします。機械は効率を大事にします。メーカーは早く作ろうとします。そういう視点からいえば、生き物も生まれてすぐ死ねば効率的です。ところが毎日毎日泣いたり笑ったりして生きている。無駄ですが、生命はプロセスを大事にします。お米は1年に1回しか穫れませんが、収穫を縮められません。私たちが子供を育てるとき、機械のように接していませんか。あれもこれも早く早くと言っていませんか。

 これは「生命誌絵巻」です。私が頼んで描いてもらった図です(筆者注:財団法人塩事業センター主催の中村佳子氏講演録に画像があります。今回の講演内容とも主旨が同じですから一読されることをお薦めします)。扇の縁には今生きている生きものが描かれており、下の方にはその生きものの祖先が描かれています。
 生きものはすべて細胞からできています。どんなに人間によく似たロボットができたとしても、ロボットは細胞でできていないので生き物ではありません。細胞の中にはゲノムがあり、それによって生き物の性質が変わります。これは大腸菌の顕微鏡写真です。菌の周りにたくさん出ている糸のようなものは、大腸菌のDNAです。よく見ると一本の糸になっています。この中に遺伝子が入っています。生き物には細胞が一つだけのものもありますが、たくさんのものもあります。生き物が生まれてからの38億年の間に、いろいろな細胞が生まれ、いろいろな生き物が生まれ、自然の叡智と言われるいまの状況ができました。いまの自然はどうやってできたのか、自然の本質はなにか、そういうテーマを38億年の流れの中で考えるのが生命誌です。扇の縁に次に来るものが、38億年の流れを変えるものであってはならないはずです。
 生物学をやっていると、みんなそこに戻るような「スタート地点」の存在に気づきます。生き物はすべて、たった一つの細胞(1個という意味ではなくて1種類ということですが)で始まりました。わんちゃんも熊さんも私たち人間も同じところから始まったのです。あなたのゲノムの中に38億年の歴史が入っています。ゲノムの解読は38億年の歴史を知ることです。キノコも途中までは動物と同じ道をたどってきました。むしろ植物より動物に近いところを来たことがわかっています。こんどシメジを食べるときに思いだしてみてください。
 科学技術文明の見直し
nakamura

(中村氏のスライドのメモ;下手ですみません)
 これは私が考える世界です。人だけが二つの世界を作っています。科学技術を作り出す人間でありながら、自然の一部であるヒト。しかし人間が作った科学技術が、自然を破壊し、ヒト自身の内なる自然をも破壊しているようにに思われます。内なる自然の破壊は、たとえば食の安全性であったり環境ホルモンの問題であったりします。
 「便利」とは思い通りになること、早くできることです。それは効率を重視します。しかし生き物は早くできません。桃栗3年柿8年というし、促成栽培の朝鮮人参は形は同じでも成分は違います。思い通りにならないから、思いがけないことを楽しめるのです。それはプロセスを楽しむことです。日本はいまでは世界一自給率の低い国になってしまいました。砂漠であるならいざ知らず、お日様の光と水、空気、適切な気温の変化、すばらしい土があるのに。土はミミズが作ります。土には生き物がいっぱいいます。この日本でなんで農業やらないのでしょう。
 生命誌が私の仕事ですが、そのわきで私は農業のお手伝いをしています。農業高校の学生はたいへん活き活きしています。
 自動車をつくるには設計図と部品がいります。我々は思い通りに、早く作れます。しかしコメをつくるのは設計図と部品ではできません。イネを「育てる」んです。くるまを「作る」のとは違います。そして子どもを「つくる」、これは子どもが「生まれる」んです。「恵まれる」んです。「作る」とは別の発想が含まれるんです。
 ドリーは、ほ乳動物ではじめて生まれたクローンです。クローンの研究は「生き物」をつくろうとしてやっているのではありません。単にゲノムを卵に入れただけで、技術の開発です。そしてこの後わかってきたことがあります。遺伝子は2つで対になっていますが、父親から来たものは1回卵を通ったときある目印が付けられます。インプリンティング--刷り込みといいますが、父親から来たものでなければ働かない遺伝子、母親から来たものでなければ働かない遺伝子があることがわかってきました。受精を通らないと駄目なんです。このインプリンティングが行われるのはほ乳類だけです。ドリーは一見羊ですが、生き物としては多分うまく働いていないところがあったようです。生き物にはプロセスがとても大切なのです。プロセスとは一言で言えば時間です。生き物を大切にするとは、時間という問題をみんなで考えることです。
 最後に「愛づる」という言葉を紹介します。平安時代に書かれた「堤中納言物語」に「虫愛づる姫君」という話があります。このお姫様は毛虫を飼っていて、周囲は気味悪がるのですが、「じいっと見てごらんなさい。この毛虫が蝶々になるんです。蝶々の美しさの本質は全部この中にあるのよ」と言うのです。本質が見えたときにすばらしさが見えてくるから大事にする、それが愛づるということです。600年前の日本にこんな考え方が生まれていたのです。自然の叡智というとき、底には必ず愛づる気持ちがあります。この言葉を持っている日本人には、池辺群虫図に見た、生き物の一つ一つが楽しそうに暮らす世界をつくる知恵を発信できるはずです。
 虫愛づる姫君は、眉は剃らず、お歯黒はせず、耳かけの髪の、という当時では常識はずれのなりをしていました。言葉だけでなく、態度でもナチュラリストだったんですね。
 21世紀の暮らしやすい世界をつくる力は日本人がいちばん持っている、と思いながらものを考えていこうではありませんか。

 今回は質問者がなかったので、JT生命誌研究館の紹介をしてもらった。
 いらしていただくのを原則にしているんですが、少しご紹介します。生命誌研究館は「Biohistry Reserch Hall」です。生命誌はBiohistryです。Histryをギリシア語辞典で引くと三つの意味があります。一つは、探求する。足跡を追いかけるのが元々の意味です。二番目は、記す。書き記すことです。そして三番目に歴史。「誌」という文字を使ったのは、みんなで生命の物語を作ろうという意味です。Hallはコンサートホールのイメージです。芸術は一流の曲を一流の演奏者がやっているところに一般の人が来る。なのに科学は一般の人が来られない。一流の研究を一般の人に見せたいという気持ちがこもっています。
 生命誌研究館は高槻にあります。ぜひ一度いらしてください。
       
 
(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。今回は迷った末、話し言葉にしてみました。しかし、逆に言い回しが気になりました。語尾まではメモにないので、もしかしたらニュアンスの変わってしまったところがあるかもしれません。

2005/05/18

禁煙タクシー

自転車で仕事に出かけたら雨になったので、自転車を折りたたんでタクシーで帰ってきた。こんな日はタクシーの車内がヤニ臭くてたまらないものだが、車内の空気が悪くない。そこで尋ねてみた。「運転手さんはタバコ吸わない人なの?」
「私はたばこ吸いません。でも最近はあちこち禁煙になったのでここぞとばかり吸う人が多いですね」とのこと。名古屋市内にも禁煙タクシーが走っているそうだが、私は見たことがない。多少待ってもそれに乗りたい。

2005/05/17

モリゾー&キッコロ

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瀬戸会場で見つけたモリゾー&キッコロ。くらげねこさんの撮ったのよりやっぱりぼっさい。さくらさんの撮ったのと比べてはどうかしら。

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こんなのもありました。

2005/05/14

万博大学第4回講義ノート「どこでもコンピュータの時代」坂村健氏

 ユビキタス、TRONの坂村教授の講演を聴く。

 マイクロプロセッサは、世界で年間83億個生産されている。うちPCやWSに使われるのは約1.5億、わずか2%にすぎない。残りはすべて組み込み用途である。組み込み用のマイクロプロセッサは、デジタルビデオ、レーザープリンター、FAX、携帯電話、自動車のエンジン制御など、広範なものに使われ、「小さく、見えなく、軽く」を目指して進化してきた。「速く、大きく」のPCのマイクロプロセッサとは全く別の流れである。そして組み込みシステム中6割にTRONが使われている。TRONは組み込みシステム世界No1シェアを持っているのである。
 TRONとはThe Real-time Operating system Nucleusの略であり、リアルタイムに動くところが特徴である。TRONの研究を20年前から進めてきたが、研究開発においては「何のために」ということが重要である。また、コンピュータの利点は汎用(=何にでも使える)である。坂村氏は最初から「すべてのものにコンピュータが組み込まれる未来」を想定していた。そのためにはどうすればいいか、どんな研究を行えばいいか、というテーマからプロジェクトを進めてきた。コンピュータを何に使えるかを、商業ベースではなく(否定するわけではないが)、人間のためのコンピュータとはどんなものかを追求してきた。
 たとえばキーボード。歴史から調べて、今ある形が人間のために作られたものでなければ、作り替える必要がある。今一般に使われているキーボードはタイプライターからキーボード配列を受け継いでいる。最初は最も速く打てる配列だったものが、速すぎると絡まって不具合が起きるためわざと配列を変えたという経緯がある。ならば一から人間工学の知見をすべて入れて作ろうとしたのがTRONキーボードで、日本語には漢字があるためマウスよりも入力に適した電子ペンを加え、パームレストの役割も持たせた形状にしている。またTRONコードによる多漢字対応も果たした。こんな研究を20年も前からしていたわけで、今では当たり前のラップトップコンピュータもそのころに発想していた。
 坂村氏は「未来をデザインする」ということを熱心にやってきたわけだが、それを目の当たりにすることのできるモデルハウスをトヨタが公開中である。万博会場西、トヨタ博物館前の未来住宅「PAPI」である。坂村氏の設計による200坪の未来住宅は、工場で作ってそのまま運ぶため、箱形である。外壁は再生利用を考慮したアルミとガラスで作られ、光触媒コーティングされているから掃除の必要もない。住宅内には1000個のコンピュータが使われており、壁にスイッチ類はない。人が動いたり声をかけたりするとセンサーが働いて動作する仕組みだ。コンピュータと交信するのはユビキタスコミュニケータ(後述)。冷蔵庫に何が入っているかもこれでわかる。生体センサを身につけて眠れば、浅い眠りと深い眠りの状態を識別して、浅い眠りの時に起こしてくれるなどということもできるだろう。寝室は「パニックルーム」となっており、外部からの進入者があった際などに外部を遮断して閉じこもることもできる。車庫にはハイブリッドカー用の充電装置があるが、停電時には逆に車のエンジンをかけて発電し、家の中に電気を取り込むこともできる。車での発電による電力量は36時間分。これを超えたときは暖炉に火を点してしのぐ。水がなくなったらプールの水を浄化して使う装置も付いている。ヤマハとの共同開発によるホームシアターや茶室も作ってある。インターネットで予約できるので、ぜひ見てほしい。
 ところでユビキタスとは「どこにでもある」という意味である。ユビキタスコンピューティングとは「どこでもコンピュータ」、具体的には現実の生活環境の中にコンピュータを大量に組み込んでネットワーク化し、それらが相互協力することで人間に快適なくらしを実現することである。
 ICカードはコンピュータとアンテナが入った非接触カードである。20年前はカードサイズのシートだったが、小さくなって万博入場券では棒状のものになっている。もっとも入場券ではコンピュータはメモリ部分だけだが、それでも128ビットの情報が入っている。アンテナは、コンピュータを動かす電力を電波で受け取るためのもので、コンピュータの中にある情報を返すのも電波を使って行う。この技術はRFID(Radio frequency identification)と呼び、意外に長い歴史を持っている。研究は1940年代に始まる。当初は軍事利用である。レーダーはこの時代すでにあったが、飛んでくる戦闘機が連合軍のものかドイツのものかを区別する必要があった。そこで電波を送って反応するものを味方機だと識別するシステム「IFF」(敵味方識別装置)が開発された。大戦後は核拡散防止のための核物質の管理方法が研究され、75年にRFIDタグが完成した。研究機関ロス・アラモスは77年にその技術を一般開放された。このとき、RFIDの会社が2社創業された。
 RFIDは過去何回か盛り上がり応用の広がりが期待されたが、マイナーな存在だった。しかしここに来てユビキタス・コンピューティングとして注目を浴びている。RFIDタグは知らない間に(もちろんそれに携わっている人たちは知っているが)わずか直径4ミリにまで小さくなった。どこでもコンピュータを可能にする小ささである。坂村氏の持ち物や研究室の備品にはすべてこのチップが付いている。実際にはUIDというシールを貼ってあるここにチップが付いている。たとえば、このボールペンにユビキタス・コミュニケータを近づけると、品名、値段などが表示され、音声で確認したり、インクの注文ができたりする。薬の瓶を近づければ、その内容だけでなく、飲み合わせの可否も教えてくれる。
 このようにユビキタス・コンピューティングの可能性は大きく膨らんでいくのだが、アメリカでは全く違った方向となっている。だいたいこういう研究をやっているとアメリカはどうかと聞かれることが多くて嫌になるが、この分野では別路線だ。アメリカではあくまで管理用である。
 アメリカでは内部犯行によるシュリンケージ被害が日常茶飯事だ。数量ベースで3割の品物が消費者に渡る前になくなってしまうという。額にすれば年間600億ドル。これをRFID導入によって削減できれば、導入費用は安いものだ。アメリカが指向するのはSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)である。だからプライバシー問題も起こりうる。
 TRONはいつもコンピュータが何に使えるかを考えてきた。私たちの文化に合わないものは駄目だ。たとえば核物質管理用の使い方では天井全体から人体に害のあるような強い電波のシャワーを流すことで常時監視するわけだが、我々が目指すのは生活の中に深く入り込む使われ方である。「コンテクスト・アウェアネス」という考え方である。コンピュータやネットワークが人間の生活空間の状況を認識することだ。つまり、モノのコンテクスト(モノの位置と属性情報)、人のコンテクスト(人の位置と属性情報)、場のコンテクスト(場所、時間、温湿度・光・音・風などの環境情報)をコンピュータが認識し、人間に意識させずに細かい最適制御を行うことである。今までコンピュータはバーチャル(仮想空間)のものであって現実空間のものではなかった。仮想空間と現実空間を一致させることが、ユビキタス・コンピューティングだ。    
 今進めているのはコンピュータをモノではなく場所につけるという試みだ。ユビキタス場所情報システムは、場所の情報、店の情報などの新サービスで、単なる位置情報であるGPSとは目的が異なる。たとえば歩行者ナビゲーションシステムであったり、身障者・高齢者のための自律異動支援プロジェクトであったり、人間の安全・安心を高度に実現するものである。今年は神戸で4万個のマークを付ける実験を試みる。
 次世代ユビキタス情報社会基盤の形成には、オープンシステムとしての取り組みが、実現のための重要な考え方である。システムの透明性、自己責任、これらは産学官民の協力がなければ実現しない。国が情報基盤を整備し、民間がそれを展開するという図式だ。インフラ整備には10年かかるが、長くて短い10年だろう。
 もしこの講義でユビキタスにいてもっと知りたいと思ったら『ユビキタス、TRONに出会う』(NTT出版)、『ユビキタス社会がやってきた』(日本放送出版協会)などを読んでほしい。

※今回の講演は武田シンポジウムの講義録と重なる部分も多いので、参照されることをお勧めする。ボールペン、シャツ、薬瓶がどう答えたかはこの講義録どおりである。

Q&Aは3問。参考資料も持参していた隣の人が一生懸命手を挙げていたけれど、気づかれなくて気の毒だった。

Q チップの情報の更新はどうするのですか。
A チップそのものにデータが入っているのではなく、モノを区別するための識別番号が入っているだけだ。番号が意味する内容は別のコンピュータに入っている。場所情報でいえば店の前にある店の情報は、その店の人が更新すると考えてもらったらいい。

Q 学生の頃はどんな目標を持っていらっしゃいましたか。
A コンピュータの勉強はしていたが、今やっていることをしようとは決めていなかった。
 研究が本当にわかったと思うには10年かかる。10年やると自信がついてくる。5年でカラ自信もつくが。そうしたらその分野でがんばればいい。

Q 営利ではなく公共にという考え方は神様のようですが、幼い頃に影響を受けたものがありますか。
A 僕はおいしいものを食べたら人にも食べさせたいと思う性格だ。それがコンピュータだっただけだ。コンピュータは必ず人間の役に立つだろうと思っていた。特に身障者や高齢者に。インフラは独占すべきでないというのが僕の考えだ。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。

また来てしまった・・・(瀬戸会場)

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 今日は万博大学の日。腱鞘炎のためバイクはやめてEXPOシャトルで行く。8時半の乗車だが、まあまあの混み具合である。金山からずっと立っていった。万博八草駅からはシャトルバス。瀬戸会場直行組は少なく、バス1台で全員乗車。半分は立ち席であるが。
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 到着後すぐに里の自然学校受付へ向かう。10時出発の新メニュー「もりの記憶」を予約。時間があるので市民パビリオンへ行く。ここでは
ざぶん賞・・・小中学生が書いた海や水への思いに、画家・イラストレーターが絵をつけたもの。作品展。
盆栽で伝える里山の知恵プロジェクト
菜の花プロジェクト
三河炭やき塾
ムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクト
など、地球環境を考える出展がある。
 里の自然学校に戻る。参加者4名。このレポートはHPに書くことにする。
 ほどよい時間になり、愛工大へ。すぐそこに校舎が見えているが八草行きのバスに乗る。1名様貸し切りだ。さすがにもう帰るやつはいないらしい。駅に着くとタッチの差で愛工大行きのバスが出ていった。で、学生にならって歩くことにする。道を聞くついでに、裏から瀬戸会場へ行けるかどうかも聞いてみた。
 万博大学が終わって、校舎裏から瀬戸会場へ。徒歩5分だ。再入場し午前中見られなかった瀬戸愛知県館と瀬戸日本館を見る。夕方になって少し人が増えたようだ。
 瀬戸愛知県館森の劇場」では、森の自然を音と映像で見せてくれる。生物の食物連鎖を説明し、「全部そろっている」ことが大切だと説く。オペラ歌手の肉声、コナラが水を吸い上げる音に森のいのちを感じる。 
 瀬戸日本館では「群読 叙事詩劇 一粒の種」を上演。古今集、宮沢賢治、本居宣長、いろはがるた、がまの油売り、民謡、祭り・・・美しい日本語の群読(複数人での朗読と言おうか)と迫力あるパフォーマンスとで、これまで見た中で唯一、高い芸術性を感じるステージだった。 

2005/05/13

雨の平日、夕方なら

 2度目の万博である。昨日は予報どおり雨。しかも本降りである。昼食後のコーヒーが飲みたい、が会場内でうまいコーヒーの飲めるところが思いつかないため、喫茶店に寄ってから出かける。余裕である。
 長久手駐車場はそれでも多くの車が駐まっていた。観光バスも多い。が、シャトルバスはがらがら。さすがの平日である。
 会場に着いたのは3時頃か。団体客が帰るピークだったのか、観光バスの駐車場に向かう人の列が停滞していた。入場の方はがら空きである(入場者7万9842人)。
0512_006 で、多少の期待を持って人気パビリオンの集まる企業パビリオンゾーンBへ向かう。いつになく人が少ないように思う。が、日立グループ館110分待ち、三井・東芝館90分待ち、ガスパビリオン40分待ちである。と、夢見る山「めざめの方舟」の次回上演整理券を配り始めた。それを受け取って時間つぶしに夢見る山の他の3つのゾーンに入った。すべて待ち時間なしである。ブラザー、シャチハタは時間がなくてやらなかったが、参加型で面白そうだ。次回にトライしたい。NGKは3D映像で水の不思議を見せてくれるが、説明不足で不完全燃焼。めざめのは小舟は、演出に凝るのはわかるが今一つ。
 ネット予約してあったJR東海超電導リニア館に向かう。せっかく予約してあったのだが、予約なしでも十分1回の上映で収容しきれる人数(250名)以内のため、余り甲斐はない。が、さすがに優先的扱いはしてもらえたので満足である。プレショーでは鉄道の歴史をフィルムで見せてくれる。そもそものところで鉄道が「鉄の粘着性」を利用して走っていることがわかり、眼から鱗であった。3Dシアターでは大画面いっぱいにリニアを見せてくれる。なかなかの迫力である。私は満足したがが、走っているばかりだと言われれば否めない(飽きっぽい母は少し眠ってしまったほど)。
 0512_009外へ出たら雨が上がって、虹が出ていた。小腹が空いていたが三菱未来館が待ち時間なしだったので入る。もしも月がなかったら地球は高速で自転し、生物の進化は遅い。その荒涼たる世界を描いたフィルムはなかなか興味深い。いまの地球環境が奇跡とも言える偶然の上にある、希有なものであることをストレートに表現していた。が、それを今までそんなことを考えたこともない人にどれだけ伝えられたか。多少懸念は残る。
 イラ・フォルモサで点心をつまんだ後、グローバルハウスへ。ここも予約してあったのだが、集合時間に遅れてしまったため、予約なしの人と区別なしである。あるいは整理券をもらった人だったか。まあ、とにかく待ち時間なしだからよしとせねば。オレンジホールでは超大画面のスーパーハイビジョン(JRと同じくらいの大きさ?)で、美しい自然の映像を見る。心を打つその美しさ、しかしそれを守ることが我々の課題だと皆が思っただろうか。展示コーナーでは地球の誕生からマンモス、ヒトの登場まで、数々の展示がある。説明は一人一人にレンタルされるカード型の機械を耳にあてて聞くのだが、聞こえにくいところも多く、ストレスが大きい。時間にせかされて、マンモスラボへ。冷凍マンモスの頭部が、落ち着かない様子でそこにあった。
「自然の叡智」というテーマをどう表現するか、いまここにある奇跡にどれだけの人を気づかせるか、パビリオンの評価はそんな観点でしたいと思う。万博の開発で失ったもの以上に、これから取り返す環境への効果がなければ、万博を行った意味がない。そういう意味で、高度な表現より、直接的で子供にもわかる表現を評価したい。

2005/05/11

本日の朝日(2)

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 2週間前(4月28日)の朝日と比べて山一つ分(猿投山)近く北から上っている。時刻も20分早い。
 日の出の位置はわたしがもっとも季節感を感じるものの一つである。小学生の頃、毎月見に行ったプラネタリウムや理科の教科書で、天の黄道(太陽~アポロン~の通る道;地面から見て)が高く低くなる様子を繰り返し見たせいかもしれない。
 ちなみに初日の出は本宮山(注)方面から上がる。
 →4月28日の記事

(注)なんじゃもんじゃの木の思い出で書いた本宮山とは別物。愛知県額田郡額田町と南設楽郡作手村、新城市の境にある。名古屋市内の同年代には小学校の遠足先の「くらがり渓谷」と言った方がピンと来るかも。

2005/05/09

McLaren復活(F1スペインGP)

 ライコネンのぶっちぎり。淡々と走って。マシンが良くなったから勝てると信じていたというコメントだった。
 アロンソも大声援に応えることができた。若いのに(若いからか)この余裕はすごい。
 トゥルーリはようやく勝てることが普通になってきたみたい。にっこにこの笑顔だった。
 でも、ちょっとちぇ~なレースだったな。
 琢磨君は出られず、ミヒャエルはこれから追い上げるのか?と思った途端にパンク、しかも前後続けて。バリチェロも浮かび上がらず。ザウバーも2台とも壊れちゃって、ビルヌーブがまたブータレてるよ、きっと。
 車の差がはっきりしてきたみたいだけれど、あちこちでチームメイト同士の戦いっていうのは、あんまり楽しくないね。

2005/05/08

腱鞘炎

 生まれて初めて腱鞘炎なるものになった。まともにスポーツに打ち込んだ時期がなかった私には、無縁の世界のものと思っていた。
 5日前、200kmほどのツーリングから帰る途中に右手首の異常を感じた。走っている途中も手首を酷使したことを感じていた。900ccと1200ccのオートバイに250でついていくのに、半日必死だった。いつもよりコーナーの進入速度は速く、ブレーキを多用した。スロットルの開け閉めも大変な回数だったろう。その日の夜には痛みが出てきて、湿布して眠った。翌日とその次の日は「合宿」。午前中の模試では書くこともそうだが消しゴムを使うとかなりの痛み。歯磨きをするにも痛いので、左手でするなどしてごまかしながら過ごす。
 金曜日には整形外科へ。先生に「今度はどうした?」と言われ、とりあえずレントゲンを撮る。診断結果は腱鞘炎、いわゆる野球肘やテニス肘と同じ。野球のボールを投げるのと同じ筋肉の使いすぎだそうだ。私の場合、ツーリングだけではないはずと言われ、ここ数週間のパソコン作業に思い当たった。
 治療法は安静しかないそうである。仮に固定したとしても早く治るわけではないということだ。ただ、無理に使うと治りが遅くなるということなので、3週間は手首をいたわってやらねば。
 傷害保険の請求は、保険事故によるもの(偶然かつ突発的に起こったもの)とは言えないのであきらめる。
 今日あたりは少し余裕が出てきて、腱鞘炎体験が楽しみに変わりつつある。

2005/05/06

人の命を救うのは難しい

 骨髄バンクから「コーディネート終了」の電話が来た。2次検査のための採血から3月ちょっと。理由は知らされないことになっているから、ほかのドナーに決まったのか、患者の状況が悪化したのか、あるいはほかの理由なのかもわからない。残念だが、仕方がない。人の命を救うなんて幸運はそうそう簡単に訪れない。
 私が骨髄バンクに登録したのは一昔前。途中1度2次検査の依頼があったが、そのときはこちらの体調が悪くて辞退せざるを得なかった。今回は2度目であるからおおよそ数年に1人くらいは大まかなところで骨髄タイプの適合する人が現れることになる。反対のことを考えると、私が白血病になったとして、数年生きていればドナー候補者が見つかるということになるわけで、これをチャンスが多いとみるべきか。大方の意見は少ないというものであろうから、骨髄バンクに登録しても支障のない方はどうぞご協力あれ。
 2次検査は心電図、血液検査、問診を行う。今回は一つも異常がなく、人に骨髄を提供できる自分の健康に感謝した。が、空振りになった。コーディネーターから、今後も登録を続けるかと尋ねられた。がっかりしてやめる人はまさかいまいとは思うが、どうなのだろう。私はもちろん継続である。骨髄バンクに登録していられなくなる年齢が、もうすぐそこに見えてきてしまったから。
 


2005/05/04

桐の花

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 この時期に山間部を走ることがあると、桐の花を探すのが習慣のようになっている。花をつけているときだけそれとわかるさりげなさ、群れずに1本だけ立っている孤高さが好きである。
 昨日のツーリングでは見つからなかった。見落としただけかもしれないが、桐の木のある場所を定かに覚えていない。が、街の中の桐の木は知っている。本町筋の突き当たり、外堀の中にあるのを3年前に見つけたのだ。今年も会えてよかった。

2005/05/03

キックスターター

 本日は幼なじみと半日ツーリング。ちんたら走るのはあまり楽しくないし、1日は根性が続かない。だからこれくらいがちょうどいい、という結論となった。が、私にはちょっとだけ負担だったかもしれず、右腕に湿布を貼っている。
 彼らとはバイクに乗るようになってからはほとんど話もしなかったのに、なぜだか今集まると昔のバイクの話で盛り上がる。今日はキックスターターの話が出た。
 昔のバイクには必ずキックスターターがついていた。というよりは、セルモーターは一部の大排気量車にしかついていなかった。私は10代の頃はトレール専門だったからそれこそ通算何千回もキックしたのだと思う。今日意見が合ったのは、「キックしてエンジンがかかったなという感じが足の裏に伝わったときにスロットルを開ける」というものであった。寒いときはそこにチョークというもう一つの条件が加わる。かぶってびしょびしょになったプラグを掃除したことも、押しがけを繰り返したことも、その時代にバイクとつきあっていた人間の共通の思い出だ。
 いまでも、できればセルの替わりにキックをつけてほしいと思う。しばらく乗らずに放置したとき、バッテリのことを考えなくてもいいから。そして、走る手前のところでも自分の技に満足したいから。
※本日のツーリングレポートはHPにUPしてあります

2005/05/02

なんじゃもんじゃの木の思い出

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 桜は毎年咲く時期がずれるが、なんじゃもんじゃの木の花は律儀にゴールデンウィークに咲くように思われる。名古屋市内にある木(注)はまだ若くて小さいのもあるが、大きくなる木である。白い細かい花が一斉に咲く様は、雪が積もったようなとたとえられることも多い。
 この木の正式名称はヒトツバタゴ。自生は木曽川中流域と対馬のみである。愛知県内では犬山市の本宮山(入鹿池の西側)に自生地があり、天然記念物に指定されている。その木に会いに行ったのもGWだった。10年も前である。そのときは本宮山の南側から車で西進したのだが、いつのまにか東海自然歩道に迷い込み、だんだん路面が荒れて通常では車の通行は不可能と思われるようなところまで進んでしまった。しかし今さらバックは無理である。そのまま腹をこすりこすり下って、這々の体で車道に出た。途中歩行者もいたが、非難轟々であったろう。若い頃はこんな馬鹿ばっかりやっていた。ちなみに同乗の友人もあっけらかんとしたものだった。ま、彼女は免許を持っていないので車がこんな道を走ることに疑問はなかったのかもしれないが。
 その、入鹿池周辺の東海自然歩道は、高校生の頃よくミニトレで走った。まだ完成前の東海自然歩道は、歩く人もなく、崖から落ちる心配もない、楽しいオフロード天国だった。
(注)私の知る限りでは、能楽堂の前、高丘交差点付近、東郊通り1丁目付近に植えられている。存在を知るのは花の時期だけだから、ほんとうはもっとあちこちにあるのかもしれない。
(3日追記)植田西の交差点から野並までは、特に天白警察から島田あたりまでは街路樹のように並んで植えられている。
(4日追記)外堀通り産業貿易館付近の堀沿いの公園にも発見。

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