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2005/05/14

万博大学第4回講義ノート「どこでもコンピュータの時代」坂村健氏

 ユビキタス、TRONの坂村教授の講演を聴く。

 マイクロプロセッサは、世界で年間83億個生産されている。うちPCやWSに使われるのは約1.5億、わずか2%にすぎない。残りはすべて組み込み用途である。組み込み用のマイクロプロセッサは、デジタルビデオ、レーザープリンター、FAX、携帯電話、自動車のエンジン制御など、広範なものに使われ、「小さく、見えなく、軽く」を目指して進化してきた。「速く、大きく」のPCのマイクロプロセッサとは全く別の流れである。そして組み込みシステム中6割にTRONが使われている。TRONは組み込みシステム世界No1シェアを持っているのである。
 TRONとはThe Real-time Operating system Nucleusの略であり、リアルタイムに動くところが特徴である。TRONの研究を20年前から進めてきたが、研究開発においては「何のために」ということが重要である。また、コンピュータの利点は汎用(=何にでも使える)である。坂村氏は最初から「すべてのものにコンピュータが組み込まれる未来」を想定していた。そのためにはどうすればいいか、どんな研究を行えばいいか、というテーマからプロジェクトを進めてきた。コンピュータを何に使えるかを、商業ベースではなく(否定するわけではないが)、人間のためのコンピュータとはどんなものかを追求してきた。
 たとえばキーボード。歴史から調べて、今ある形が人間のために作られたものでなければ、作り替える必要がある。今一般に使われているキーボードはタイプライターからキーボード配列を受け継いでいる。最初は最も速く打てる配列だったものが、速すぎると絡まって不具合が起きるためわざと配列を変えたという経緯がある。ならば一から人間工学の知見をすべて入れて作ろうとしたのがTRONキーボードで、日本語には漢字があるためマウスよりも入力に適した電子ペンを加え、パームレストの役割も持たせた形状にしている。またTRONコードによる多漢字対応も果たした。こんな研究を20年も前からしていたわけで、今では当たり前のラップトップコンピュータもそのころに発想していた。
 坂村氏は「未来をデザインする」ということを熱心にやってきたわけだが、それを目の当たりにすることのできるモデルハウスをトヨタが公開中である。万博会場西、トヨタ博物館前の未来住宅「PAPI」である。坂村氏の設計による200坪の未来住宅は、工場で作ってそのまま運ぶため、箱形である。外壁は再生利用を考慮したアルミとガラスで作られ、光触媒コーティングされているから掃除の必要もない。住宅内には1000個のコンピュータが使われており、壁にスイッチ類はない。人が動いたり声をかけたりするとセンサーが働いて動作する仕組みだ。コンピュータと交信するのはユビキタスコミュニケータ(後述)。冷蔵庫に何が入っているかもこれでわかる。生体センサを身につけて眠れば、浅い眠りと深い眠りの状態を識別して、浅い眠りの時に起こしてくれるなどということもできるだろう。寝室は「パニックルーム」となっており、外部からの進入者があった際などに外部を遮断して閉じこもることもできる。車庫にはハイブリッドカー用の充電装置があるが、停電時には逆に車のエンジンをかけて発電し、家の中に電気を取り込むこともできる。車での発電による電力量は36時間分。これを超えたときは暖炉に火を点してしのぐ。水がなくなったらプールの水を浄化して使う装置も付いている。ヤマハとの共同開発によるホームシアターや茶室も作ってある。インターネットで予約できるので、ぜひ見てほしい。
 ところでユビキタスとは「どこにでもある」という意味である。ユビキタスコンピューティングとは「どこでもコンピュータ」、具体的には現実の生活環境の中にコンピュータを大量に組み込んでネットワーク化し、それらが相互協力することで人間に快適なくらしを実現することである。
 ICカードはコンピュータとアンテナが入った非接触カードである。20年前はカードサイズのシートだったが、小さくなって万博入場券では棒状のものになっている。もっとも入場券ではコンピュータはメモリ部分だけだが、それでも128ビットの情報が入っている。アンテナは、コンピュータを動かす電力を電波で受け取るためのもので、コンピュータの中にある情報を返すのも電波を使って行う。この技術はRFID(Radio frequency identification)と呼び、意外に長い歴史を持っている。研究は1940年代に始まる。当初は軍事利用である。レーダーはこの時代すでにあったが、飛んでくる戦闘機が連合軍のものかドイツのものかを区別する必要があった。そこで電波を送って反応するものを味方機だと識別するシステム「IFF」(敵味方識別装置)が開発された。大戦後は核拡散防止のための核物質の管理方法が研究され、75年にRFIDタグが完成した。研究機関ロス・アラモスは77年にその技術を一般開放された。このとき、RFIDの会社が2社創業された。
 RFIDは過去何回か盛り上がり応用の広がりが期待されたが、マイナーな存在だった。しかしここに来てユビキタス・コンピューティングとして注目を浴びている。RFIDタグは知らない間に(もちろんそれに携わっている人たちは知っているが)わずか直径4ミリにまで小さくなった。どこでもコンピュータを可能にする小ささである。坂村氏の持ち物や研究室の備品にはすべてこのチップが付いている。実際にはUIDというシールを貼ってあるここにチップが付いている。たとえば、このボールペンにユビキタス・コミュニケータを近づけると、品名、値段などが表示され、音声で確認したり、インクの注文ができたりする。薬の瓶を近づければ、その内容だけでなく、飲み合わせの可否も教えてくれる。
 このようにユビキタス・コンピューティングの可能性は大きく膨らんでいくのだが、アメリカでは全く違った方向となっている。だいたいこういう研究をやっているとアメリカはどうかと聞かれることが多くて嫌になるが、この分野では別路線だ。アメリカではあくまで管理用である。
 アメリカでは内部犯行によるシュリンケージ被害が日常茶飯事だ。数量ベースで3割の品物が消費者に渡る前になくなってしまうという。額にすれば年間600億ドル。これをRFID導入によって削減できれば、導入費用は安いものだ。アメリカが指向するのはSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)である。だからプライバシー問題も起こりうる。
 TRONはいつもコンピュータが何に使えるかを考えてきた。私たちの文化に合わないものは駄目だ。たとえば核物質管理用の使い方では天井全体から人体に害のあるような強い電波のシャワーを流すことで常時監視するわけだが、我々が目指すのは生活の中に深く入り込む使われ方である。「コンテクスト・アウェアネス」という考え方である。コンピュータやネットワークが人間の生活空間の状況を認識することだ。つまり、モノのコンテクスト(モノの位置と属性情報)、人のコンテクスト(人の位置と属性情報)、場のコンテクスト(場所、時間、温湿度・光・音・風などの環境情報)をコンピュータが認識し、人間に意識させずに細かい最適制御を行うことである。今までコンピュータはバーチャル(仮想空間)のものであって現実空間のものではなかった。仮想空間と現実空間を一致させることが、ユビキタス・コンピューティングだ。    
 今進めているのはコンピュータをモノではなく場所につけるという試みだ。ユビキタス場所情報システムは、場所の情報、店の情報などの新サービスで、単なる位置情報であるGPSとは目的が異なる。たとえば歩行者ナビゲーションシステムであったり、身障者・高齢者のための自律異動支援プロジェクトであったり、人間の安全・安心を高度に実現するものである。今年は神戸で4万個のマークを付ける実験を試みる。
 次世代ユビキタス情報社会基盤の形成には、オープンシステムとしての取り組みが、実現のための重要な考え方である。システムの透明性、自己責任、これらは産学官民の協力がなければ実現しない。国が情報基盤を整備し、民間がそれを展開するという図式だ。インフラ整備には10年かかるが、長くて短い10年だろう。
 もしこの講義でユビキタスにいてもっと知りたいと思ったら『ユビキタス、TRONに出会う』(NTT出版)、『ユビキタス社会がやってきた』(日本放送出版協会)などを読んでほしい。

※今回の講演は武田シンポジウムの講義録と重なる部分も多いので、参照されることをお勧めする。ボールペン、シャツ、薬瓶がどう答えたかはこの講義録どおりである。

Q&Aは3問。参考資料も持参していた隣の人が一生懸命手を挙げていたけれど、気づかれなくて気の毒だった。

Q チップの情報の更新はどうするのですか。
A チップそのものにデータが入っているのではなく、モノを区別するための識別番号が入っているだけだ。番号が意味する内容は別のコンピュータに入っている。場所情報でいえば店の前にある店の情報は、その店の人が更新すると考えてもらったらいい。

Q 学生の頃はどんな目標を持っていらっしゃいましたか。
A コンピュータの勉強はしていたが、今やっていることをしようとは決めていなかった。
 研究が本当にわかったと思うには10年かかる。10年やると自信がついてくる。5年でカラ自信もつくが。そうしたらその分野でがんばればいい。

Q 営利ではなく公共にという考え方は神様のようですが、幼い頃に影響を受けたものがありますか。
A 僕はおいしいものを食べたら人にも食べさせたいと思う性格だ。それがコンピュータだっただけだ。コンピュータは必ず人間の役に立つだろうと思っていた。特に身障者や高齢者に。インフラは独占すべきでないというのが僕の考えだ。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。

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コメント

坂村健さんには悪いのですが「速すぎると絡まって不具合が起きるためわざと配列を変えた」というのは、August Dvorakが1930年代に新しいキー配列を考案した際、既存の配列を攻撃するために言い出したいわばイチャモンで、実は根拠がありません。詳しくはhttp://slashdot.jp/~yasuoka/journal の「QWERTY配列に対する誤解」をごらん下さい。

安岡さん、ご指摘ありがとうございます。
「TYPEWRITER」という文字が上の列にあるとは気づきませんでした。
また、私も中学生の頃赤いオリベッティを持っていて、まったく早く打てなくても印字棒が絡まって困ったことを思い出しました。

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