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2005年6月に作成された記事

2005/06/27

にせきんぎょ

pureblue
 ピュアブルーはプロモーションがうまいに違いなく、春のグラスに続き夏のグラスも欲しくなって買ってしまった。そこについていたレシピに「きんぎょ」がある。作り方は至って簡単。焼酎ロックに鷹の爪と大葉を入れるだけ。鷹の爪が金魚に見えるという趣向である。残念ながら1匹ずつの鷹の爪がないので輪切りのもので代用、大葉もなしで試してみた。
 う~~ん、なかなかよろしい。夏らしい味わいだな。そういえば唐辛子の成分は油に溶けるのであった。簡単なので皆様もお試しあれ。ロックを水割りにしてもOKです。2杯目が効きます!
 ついでながらこのサイトで配布しているスクリーンセイバーも私好みであった。星座の好きな人にはかなりお勧め。

2005/06/25

万博大学第8回講義ノート「森と人間」C.W.ニコル氏

  万博の会期折り返し地点の今日はC.W.ニコル氏。いつになく詳しい講師紹介はアファンの森のサイトからだろうから、そちらを見ていただきたい→ニコルの経歴   

 赤ら顔のニコル氏は終始笑顔、すこし頼りない面もある日本語で、それでもユーモアたっぷりに、熱く語ってくれた。

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2005/06/23

ネット予約その2

 万博のネット予約はFAQのぺ-ジもできたし、多少親切になったような気もするが、つながらないことには変わりがない。日立館が取りたくて昨日は30分格闘した。今日は予約日が土曜のためか10分で売り切れ。早く売れちゃった方があきらめも早くつくけど・・・。夏休み中が大変そう。

万博のごみ分別その2

 万博では生ゴミもリサイクルしていることを初めて知ったが、PR不足でリサイクル不能の異物が混入しているという。PR不足もしかりだが、分別の仕方に問題ありだと思う。ひと月ぶりに出かけた万博では、ゴミステーションごとに指導員?がいるようになった。が、どこまで機能しているかは疑問だ。分別不能のゴミがある。不燃物ゴミの箱はない。分別によってどんなふうに資源となるかも表示した方がいい。

シーン1:ポップコーンを食べた後、最後に父が「はぜていない」トウモロコシを紙カップにぺっぺした。それを持ってゴミステーション前に行き、まず中の食べ残しを「燃えるゴミ」に空けた。瞬間、そこにいた係の方は私が紙カップをゴミにすると思って構えた。が、紙のカップは「紙コップ」箱行きとなり、やれやれの模様。あのとき、そのまま全部「燃えるゴミ」行きにしたとしたら、係の方からなにかコメントはあったのだろうか。捨てた人へのご指導は?
シーン2:焼きそばを食べた後、輪ゴムの処理に困った。資源とならない不燃物のジャンルはないのである。同様、アルミ箔などはどうしたらいいのだろう。
※7月1日追記
不燃物については、よく見たらボックスの半分が別のもので半分が燃えないゴミに分類されていた。
私のように注意力散漫な人間には容易に発見できない。

2005/06/22

見ちゃ飲み、の万博

 21日は4度目の万博。またも両親と一緒だから、ゆっくりのんびり食べてばかり、の楽しみ方である。といってもたっぷりの9時間。我ながらご苦労様である。
 出発は11時。長久手南の駐車場に入れる前にまずは喫茶店で遅いモーニングコーヒー。着いてすぐは南太平洋館。この間も行ったんだが、スタンプ帳にしていたノートを置き忘れた父が、新しいスタンプ帳に押印するためである。スタンプに執着する父に、大阪万博の時の私を見る。続いてオーストラリア館。並んでいたので展示は見ず、レストランのみ利用する。ワニロールがお目当てである。ほかにエビとビーフ、当然ビール付きである。初体験のワニ肉はごくごく淡泊な味で、父は魚のようだと評したが、私は焼きすぎたささみみたいと思った。食べたりなかったのか母はポップコーンを買う。

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2005/06/21

甘く苦いオレンジの酒

 自宅と事務所が近いので、食料難に陥った息子とマックのポテトを半分こという場面がよくある。もちろんポテト以外のものも注文するのだが、バリューセットお持ち帰りだとどうしても飲み物が無駄である。コーヒーや紅茶は事務所にあるからだ。で、飲み物はオレンジジュースにする。もちろん、そんな甘いものは食事の時にいらないので、冷蔵庫行きにして、その場はコーヒーか紅茶、場合によりビールである。で、取っておいたオレンジジュースは? ふっふっふっ、それはカンパリオレンジになるのである。事務所にはちゃんと長いグラスが用意してある(もちろんカンパリも)。Mサイズなら、カンパリオレンジが3杯半できるのであった。というわけで、今夜は事務所で徹夜仕事?である。

2005/06/20

ブーイング、ブーイング・・・(F1アメリカGP)

 ミシュラン勢の出方が注目されたインディアナポリスは、フォーメーションラップのみで14台がマシンを降りるという異常事態となった。6台のみのレースは不成立となるかとも思われたが、フォーメーションを走っているから有効に成立とFIAは判断。せっかく2時50分に起きたのに。公正な判断といえばそうだろうが、BSのほうだって歩み寄る意見はあったんだから、もう少し柔軟な対応策があったと思う。お客も怒るよね。コースにペットボトルが投げ込まれるは、金返せと訴えるは。
 2回目のピットを出るシューマッハにバリチェロが今までにないようなファイトを見せるがうまくいかずコースアウト。よほど悔しかったのかヒーローズインタビューでもそのことに触れていた。ミヒャエルの方でも気に入らなかったに違いなく、ゴールの後2人は近づくことなく、表彰台の後もシャンパンをぶら下げてそそくさと退出。私は仲良しの二人が好きなのに。ミシュラン勢のことを除いたところでも後味の悪いレースだった。
 そんな中でまさかの3位に入ったモンティロの嬉々とした様子には救われた。 
 終わったら5時。さて、今から寝ようかどうしようか。

2005/06/19

おかえり封筒

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 もくもくファームから封筒が来た。お中元に使ってねっていうことだとは察しがつくが、よく見たら「おかえり封筒」が付いている。封筒の一部を残してまた使ってねというもので、普通の封筒を入れるよりも高くつきそうだが、資源の無駄は減るだろう。
 そういえば今日帰ってきた車検の明細に、リサイクル関連の費用が計上されていた。使い終わる前にリサイクルを考えておく。当たり前の話が、ようやく広まりつつある。まだ抵抗する人も大勢いるだろうけど。

特急しらさぎ

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 福井で仕事のため、しらさぎに乗った。敦賀で西側に席を移ったのだが、残念ながら海は見えない。後で地図を見たら、ずいぶん内陸部を走っていた。8号線は海岸沿いなのに。写真は余呉湖あたり。
 感心したのは乗務員の礼儀正しさ。車掌らが車両を出るときのお辞儀の間の取りようが秀逸であった。JR東海の中でも路線区によってカラーが違うのだろうか。

2005/06/18

フレンチ+日本酒

2度にわたり酒蔵見学をさせていただいた安達酒造さんの書き込みがあった。
向こうの掲示板は告知効果が薄いように思われるので、こっちでご紹介する。

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7月24日に 
日本酒とフレンチの コラボレーションにチャレンジする会を開催いたします。

http://www.fujinohikari.com/20050724.htm

ご興味のございます方々に
広く ご案内いただけましたら 幸いです。
よろしくお願いいたします。

清酒 富士の光 清鷹 醸造元
安達本家酒造株式会社
   安達 由晃
http://www.fujinohikari.com
e-mail:fujinohikari@kpe.biglobe.ne.jp
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酒の方を合わせるのか、料理の方を合わせるのか、あるいはすりあわせなのか。
完成したペアを食するより、すりあわせ過程の方がやってみたい様な気もする(単にそっちの方がたくさん飲み食いできるからと言うなかれ)。

2005/06/14

レースは人生(F1カナダGP)

 昨日のモントリオールGPは、またまた波乱の連続となった。猛烈なスタートダッシュを見せたルノーが2台ともリタイヤする中、最後尾からのバリチェロが表彰台に立った。アクシデント、マシントラブルが続出、最後には雨もぱらついたが、最終的にはライコネンがWIN。フェラーリは久々に2位3位となったが、ピットやセーフティーカーのタイミング次第で他のドライバーが上位に来ることも大ありだった。そういう点で今回のGPは「幸運の女神」を味方にできたドライバーが勝ったと思う。ただ、それも実力だ。幸運の女神だって、日頃の行いを見ているし、きっと不公平はないようにできているのだ。私はといえば、悪運が強くて転んでも転んでも怪我しない。そんなところで運を使い果たしているようだ。
 
 

2005/06/12

雪野山

仕事のついでに竜王町の雪野山へ行ってきました。2時間足らずのお散歩でしたが、蜘蛛の巣を払うのにトレッキングポールを振り振りあるいたせいで、またまた手首がおかしくなってしまいました。レポートはこちら

万博大学第7回講義ノート「人間再発見・情報に踊らされる人、情報で踊らせる人」藤本義一氏

 今回は万博大学で初めての文系の講義。また初めての関西弁の講義。先生は生徒を笑わさねばならないというだけあって、ユーモアたっぷり、テンポの速い関西弁で語ってくださった。辛口のお話を、どこまで再現できるか、今回は課題が過大かも?

 僕は就職をしたことがない。いまでいうフリーターをずっとやってきたようなものですが、自分で情報源を探っていったらこういう生き方になりました
 戦争が終わったのが12歳の時。商人だった父は45歳ですべてを失い、神経衰弱(いまでいう、うつ病)と結核と拒食症を患って入院しました。母もジープではねられて外科に入院。12歳の僕が入院費をかせがねばならん。ヤミ市からヤミ市へ情報を流すような仕事をやっていました。それである時気づいたんですな。生まれたのは自分の意思じゃないが、生きていくのは自分の意思だと。12歳の時ですよ。
 翌年父は隔離病棟から開放病棟へ移されました。僕はヤミ市で手に入れた毛布と角砂糖を持って病院に行きました。1年半ぶりに会う父になんて言おうか、「お久しぶりです」というのも変だし「お元気ですか」というのも変ですね。ところが父はベッドの上に正座して両手をつき「子不幸ですまん」と言うたんです。親子二人の体重が合わせて64キロ。そんな時代だったから僕は仕方ないと思いましたね。そして、父は僕に大学に行ってくれと言うんです。「頭という金庫の中に学問という財産を入れて、自由に運用していってくれ」というんです。うまいこと言うなと思いました。おまえに渡すものは何もなくなった、つまりもう失うものは何もないから自由にしていいぞということだったんです。
 父は大学を選ぶにあたって3つの条件を示しました。まず、授業料が安いこと、次に先生が多くて生徒が少ないこと、3つめに自転車で通えること。これに合うのは大阪市立大学しかありませんでした。授業料は月400円。国立が月500円でしたから国立より安い学校でした。
 合格を父はとても喜んでくれました。そして今度はなりたい職業を1日で考えてこいと言われました。10代では1日で決められることを20代になると1月かかる。30代なら半年、40代なら1年、50代だと5年かかる。それで困った。経済学部だから社会の教員の資格が取れる。「中学の先生になる」と父に言ったらほめられました。元手がいらんということで。
 ところが僕は卒論に「日本の雇用問題」というテーマをやっていたんですね。日本にあって世界にないものを探った。それで絶望的になった。まず「定年」の問題。そのころは「停年」と書いたんですな。陸軍省で使ってたのを八幡製鉄がまねした。停年55歳。情報は探らないといけません。いつからかと探っていったら戦前でも55歳。大正時代でも55歳。一番古いのが明治34年の文書にあって、やっぱり55歳だった。このときの平均寿命は42.8歳。ということは今の78歳なら停年は96歳くらいじゃなきゃいけない。
 次は「ボーナス」。これは外国から来たものかと思っていたら日本だけのものだったんですね。もともとはギリシア語で、「ボー」は「丸裸の」、「ナス」は「ビーナス」。古代ギリシアで、よく頑張った奴隷にご褒美として酒と肉と裸の美女を与えたことなんです。
 それから「手当」。手当ってどんな意味ですか。傷を手当てすることでしょう。会社が従業員に面倒見てやるぞと脅迫を与えて仕事させてるようなもんです。こんな卒論を60枚書いたら、日本の資本主義に絶望してしまいました。情報分析して、人生は損だと思ったんですね。
 それで、やりたいことをやろうと思ったんです。いちばん好きなのは映画でした。映画の世界に生きようと思ったんです。そのためには文章が書けることを証明しなければならない。それなら懸賞募集に入選するのがいい。大学4年の1年はラジオドラマの懸賞小説を書くのに費やしました。入選するために、世界でまだ書かれていないものを書けばいいと思いました。調べてみると、お腹の赤ちゃんのモノローグはまだ書かれていない。それで「胎児冷笑」を書き、NHKから5万円をもらいました。今のお金で500万です。それから移民船を題材に「つばくろの歌」を書いて20万もらいました。大学を出る前の1年半で今の価値で3000万くらい作ったことになります。忙しかった。でも楽しかった。最高でしたね。若い頃は睡眠時間が3時間しかなくてもがんばれますね。
 情報を集めて、そこから抜けているものを探す。あるいは不思議だなあと思う部分を徹底的に追求する。それを自分のものにすることで、自分から情報発信することができます。そうやって新しい自分の生き方が見つかります。いまの若い人達がやらないのはなぜでしょう。10代にはやりたいことがたくさんあるはずです。それなのに携帯電話で話してる話題はどうでもいいことばっかり。アホか!と言いたくなる。猫犬以下の人間関係やね。電子手帳、あれも馬鹿か!やね。情報過多による情報ロスってやつ。自分を見失っとるね。親も甘いね。何とかなると思っとる。何ともならんぞ。
 僕には懸賞小説でライバルがいました。井上ひさしというやつです。(上智大学、学生)とあるのを見てライバルや思ったね。あとで会ったとき、お互いに相手をでかいやつと思っていたら二人とも細いやつだったけどね。情報を得るにはライバルは作った方がええですよ。同僚はだめだね。同時代の川の中に立つのがライバル、対岸に立つのはライバルでないね。
 映画の世界に入って、はじめは使い走りでした。それでもジャンパーの胸ポケットに箸を2本入れており、食堂で相手のおかずをつまみながら、ゴダールはどうした、ジャンギャバンがこうしたと話をするのが楽しかった。あるとき、壁にピンで留めた紙切れに「意志強く、酒・女を好み云々」という者求むという募集が出ていたんですね。川島雄三監督でした。同僚に「殺されるぞ、やめとけ」と止められたけれども飛び込んでいきました。川島監督は、僕に「プロとアマチュアの違いは何か」と聞きました。僕は「嫌いなことでもするので好きなこともうまくできるのがプロで、嫌いなことをしないので好きなこともうまくできないのがアマチュアです」と答えたら、肩でふっふと笑って「採用」と言ってもらえた。監督が37歳、僕が22歳でした。あるとき監督が背広を脱ぐと背広が棒のようになって、監督はふにゃふにゃとなってしまった。監督は筋萎縮症だったんですな。  
 人生は公式だって考えるといいですね。10年単位で名前を付ける。10年単位で変貌する。僕は20代を「花粉の時代」と名付けました。どこへ行くかわからないから。さらにそれを2年半ずつ四つの季節にわけてみました。春は情報を集め、夏は芽が出て、秋には刈り取り、冬は本にして出版する。30代は鱗の時代。体についている鱗・・・親や女房や地位なんか、を守る時代。40代は苔の時代。50代は器の時代。流れ込んでくるのをまとう。学校を作りました。60代は風の時代。再び花粉を飛ばす時代です。70代は田植えの時代。こういうのを僕は誕生日にウイスキーを1本飲みながら考えます。自分がこうありたいというのが情報の根源です。上の娘にやらせたら、10代はほほえみの時代だと答えた。下の娘は紙風船の時代だと。誰かに息を吹き込んでもらって軽やかに空を飛びたいと。都合のいいこと言うなあと思ったけど、ほんとに娘はそうなっているんですね。


 自分が他と違うことに自信を持たなければいけませんね。考えるのは大脳がやるんですが、右脳から左脳へ通って表現として出てくる。こんなことをやっているのは人間だけなんですね。
 思考能力の薄い人、右脳のない人はだいたいこんな人ですわ。5原則。まず、過去を懐かしむ。人の悪口を言う。愚痴を言う。集団で行動する。パック旅行なんてほんまにあほや。それから苦労したという人。
 親孝行したくないけど親がいて・・・親の苦労は自分で言っちゃったら駄目だね。側面から、おじさんとかに言わせなきゃ。情報は直線的、公的なのは駄目だね。
 人間としての情報発信とは何か、よく考えた方がいいですよ。特にマスコミに行こうとする人は。大きな器の中で、ゆるやかな融合性を持つのがいいね。脳と心は一体だね。右脳が動いているかテストしてみましょう。男という字はどうやってできましたか。誰も考えてないね。だいたいものを考えるときは首が動くもんですな。待つ情報は駄目ですよ。男というのは考えてから行動するという意味の文字なんです。女という字は両手の交差した動きを表しています。
 言葉には3種類あります。
 事実、これは左脳だけ使う言葉。人の顔色が悪いと思ったら「顔色悪いなあ」と事実だけ言う言葉。これは気分悪くなるね。こういう言葉しか言えんやつは哀れんでやった方がいいね。
 虚構、これは右脳も使っている。「俺の顔色どう」と聞いてみる。情報の交換だね。情報が潤沢に広まる。
 嘘、これは相手には何も言わないかわりに、相手のいないところで「あいつはもう駄目だ」なんて言うやつのことだね。
 4つの子どもが「ねえねえねえ、パパとママはどうして結婚したの?」と聞いてきたら、虚構で答えるのがいちばんいいね。「坊やみたいな元気な子がほしかったから」と答えてみなさい。子どもがどんなに喜ぶことやら。「パパがどうしても結婚してくれって言ったから」なんて嘘で答えてはいけないね。深刻は駄目だけど、真剣に話すのがいいね。自分の情報を発することによって、自分が生かされてくる。人間と人間の心が通いあうこと、これが最高の財産ですわ。
 それから次元(禁句)。疲労の言葉は言っちゃいけない。「あー疲れた」「あーしんど」というのは伝染します。「はよ寝ろ」といって寝たあげく翌朝寝過ぎてまた頭がぼけてる。犬が言葉を持ってこう言ったらどうします。「あー暑、暑。たまりませんなあ。」

(お断り)この講義ノートは私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。また、変な関西弁があるかもしれません。その点をお含みの上お読みくださり、間違い等があればご指摘をお願いいたします。

2005/06/05

ATの市バス

 勉強会からの帰り道。乗った市バスはぴかぴかの新品? エアコンの吹き出し口が半球状で風向きが自由に変えられる。内壁の清潔な感じも際立っている。そこまではOKだったのだが、すぐに気づいたのは、AT車であったことだ。乗客のためか乗務員のためか、わからない。いずれにせよ、好感は持てなかった。名古屋市内の、信号から信号の、わずか100mか200mのうちに4速まで入るんである。でその後、ぐうっとブレーキ。はぁ~、気持ち悪い。しかも降りた後、とんでもなく大きな音で走っていった。燃費も悪いに決まっているんだし、交通局は何を考えているのかしら。あるいはAT車はすでに走っていて、私が気づかなかっただけかしら。今日の運転手の運転が下手なだけかしら。
 

禁煙タクシー(BlogPet)

ネットで大きい自転車を折りたたんでタクシーで帰ってきた.......
と、dokotanが考えたの。


*このエントリは、BlogPetの「dokotan」が書きました。

万博大学第6回講義ノート「ナノテク~技術を越える技術~」遠藤守信氏

 カーボンナノチューブの第一人者遠藤教授の講演を抄録する。
 
 20世紀はすばらしい技術進歩の時代でした。「技」という字は手へんに支えると書きます。人を支えるものが技術ですが、その恩恵を通り越して環境問題等が起こっています。21世紀は人のためになる、人に優しい技術の時代にしたいです。その「技術を越える技術」がナノテクです。
 「ナノ」とは1mの100万分の1の大きさです。ナノカーボンは炭素原子からできていて、サッカーボール型だったり、かご形だったり、筒型だったりします。素材として代表的なのは、炭素でできた細い筒、カーボンナノチューブです。 
 NASAにスペースエレベーターという計画があります。大西洋上のいかだから宇宙ステーションへ電力等を供給するためのエレベーターを作ろうという現代版ジャックと豆の木みたいな話ですが、カーボンナノチューブによって実現が可能とされています。できるはずがないと思われるかもしれませんが、ケネディが月へ人間を送ると言ってできるはずがないと思ったものでしたが10年もたたずに実現しています。また、カーボンナノチューブを使ったピラミッドのような建築物も考えられています。これは高さ3800m。いずれも夢のような話ですが、不可能にチャレンジして新技術を生み出すというか思いが大切です。
 経済のサイクルと科学技術の関係を、コンドラチェフが指摘しています。新しい科学技術が生まれるとき、経済は大きく発展します。最初は蒸気機関、次は半導体やコンピュータが景気を支えました。今は買いたいと思うような新しいものがありませんから景気の停滞が起こっていますが、やがてナノテクの時代が来ます。
 日本では90年代以降空洞化が進み、電機業界でも雇用者数が激減しました。15歳から24歳の若年層では4人に1人が無業者ですが、空洞化で魅力的な職場がないことも原因の一つかもしれません。失業率は4.4%、今後倍増する可能性もあります。世界の電子工場と呼ばれた日本も、部品・製品とも対米輸出に変わって対中輸出が伸び、今や中国がアメリカへ大量の製品を輸出しています。世界に貢献する日本をどう作るかも課題です。
 
 世界初のコンピュータ「エニアック」は18000本の真空管を使い、2tトラックほどの大きさのものでした。スピードも遅かったのですが、それでも大砲の弾が到着する前に大砲の弾の到着地点を計算できたと賞賛されました。技術開発のスピードは加速化しています。5,60年前のエニアックと今のコンピュータを比べると、記憶容量・計算速度で100万倍速く、値段は1000分の1になりました。
 しかし、半導体の限界が近づいたとも言われています。半導体の集積度が18ヶ月で2倍になるのをムーアの法則といいますが、2010年が限界といわれています。コストも限界です。シリコン基板は、シリコンインゴットをスライスして作りますが使用するのはわずか4000分の1。超純水も大量に使い、資源とエネルギーの無駄遣いといわれています。
 20世紀の技術は限界に来ています。今までの技術の延長では、かつて経験したことのない滝にさしかかっているといっていいでしょう。技術変革、イノベーションが求められています。新しい原材料、ナノマテリアルズ・イノベーションです。
 イノベーションという言葉を最初に使った政治家はクリントンでした。彼は、本当の意味でのモノづくりに舵を取り直すことを掲げ、NNIを発表しました。ブッシュはそれを受け、ナノテクは2050年頃には巨大な産業分野になり、1兆ドル規模の市場となるだろうと述べています。経団連は日本のナノテク市場を30兆円と予測しています。
 
 ナノとは、ギリシア語でこびとです。ナノメータとは100万分の1ミリですが、具体的に示してみましょう。地球を10億分の1(10の8乗分の1)の大きさにするとサッカーボール大になります。サッカーボールを100万分の1(10のマイナス8乗分の1)の大きさにしたのがナノです。
 物理学者ハイマンは「物質の極微の底には多くの未知で魅力の世界がある」といいましたが、ナノテクはまさにその世界です。nmスケールの科学と技術は、従来のものとは別の異次元の世界です。ナノスケールによる新しいパラダイムはたとえばこんなものです。
 トランジスタは100万個の電子が動いてスイッチを1回on/offします(講義では図が動くスライドでの説明のため、大変にわかりやすかった)。ところが同じものをナノテクで作れば、たった1個の電子でいいのです。消費電力は数万分の1と格段に安くなります。これを使えば、パソコンも数年に1度の充電ですむようになるでしょう。
 また、ナノの世界では、接触それ自体が機能を持つようになるため、異なったさまざまなプロセスが可能になります。20世紀の概念では接続は固定ですが、ナノは多重接続なのです。音を検出する装置に使えば、より敏感に(小さいものをより小さく、弱い信号をより弱く)検出できるのです。これを鼻の機能を調べるのに使ったりもできます。 ナノテクでカプセル内視鏡がすでに生産され、飲み込み型の胃カメラとして実用となっています(商品名NORIKA3)。
 ナノメータになると生命観と物質観が合体できます。カーボンナノチューブの直径は約2nm。これはDNAの直径とほぼ同サイズなのです。
 ナノテクは、より自然に近づける、より自然になる技術です。化学、物理学、生物学のすべてを扱える技術です。
 ここで前半のまとめをします。ナノは、ただ小さいというだけでなく、そこには異次元の世界が拓かれる。そしてナノテクノロジーは将来の人工的技術をより自然なものへと進化させるものである。
 
ナノによる新しい戦略は、自然な方法なのです。 
炭素は昔から文明の利器でした。16世紀、天然のグラファイトに糸を巻いた鉛筆は、船でもインクがこぼれる心配なく文字が書ける優れた道具でしたし、その後のケスナーの鉛筆も知られています。エジソンは京都の竹を焼いた炭を電球のフィラメントにしました。宇宙時代に入り、ロケットの素材にカーボンファイバーが使われました。
 ナノテクを先導するカーボンナノチューブ(CNT)は、飯島澄男氏が1991年に発見しましたが、量産化の方法は私のフランス時代に見つけました。図にすれば鉄の玉が炭素の筒をのばしていくのですが、これは偶然に見つけました。当時基盤を磨くのに茶色のサンドペーパーを用いていたところ、たくさんのカーボンナノチューブができていた。ところがある日できなくなってしまった。その原因が黒いサンドペーパーだったのです。黒いのを、残っていた茶色いサンドペーパーの端切れに変えたら、またカーボンナノチューブができたのです。茶色のサンドペーパーに含まれるのは酸化鉄、黒い方はシリコンカーバイドで、このことで鉄の役割を見つけたのでした。「幸運の女神は準備されたところにやってくる」(パスツール)と思いました。この方法を種まき方と名づけ、その後量産を可能にする浮遊種まき法に発展させました。ゲーテはこう言っています。「発見には幸運が必要であるが、発明には知性が不可欠である。」(筆者注:このあたり、独立行政法人 物質・材料研究機構の遠藤氏インタビューに詳しく書かれている。)

 カーボンナノチューブは、炭素の筒にねじれをかけて作りますが、ねじれの度合いによって電気的特性が異なります。たとえば銅の性質を持つCNT量子ワイヤーは銅の10倍以上によく電気を通し、重さは銅の6分の1です。さっき見たスペースエレベーターのために、今年4月に発注したといいます。スペースエレベーターは実現する可能性のあるものなのです。
 カーボンナノチューブを利用したもの一つに、1980年代後半からのリチウムイオン電池があります。電池は-極にカーボンが使われていて、これがアコーディオンみたいに伸び縮みすることで充放電を繰り返すのですが、そのうち伸び縮みしなくなって充電不能になります。ところがCNTを使えば充電容量が700回も落ちないんです。いま、高性能なリチウムイオン電池のほとんどに遠藤チューブが使われています。
 では、鉛電池は。こちらは製品になって120年ですが、性能は5倍にしかなっていません。ところがこれもナノチューブ入りなら寿命は2倍になります。でも売れない。電池メーカーさんがつぶれちゃいますから。それでも環境保護のため上高地のハイブリッド・ディーゼルバスで採用されるなど、追い風の状況になってきました。
 カーボンナノチューブの割れない性質を利用して、携帯電話のデジカメ部分のレンズケースにはCNT入りの樹脂が使われています。樹脂入りのCNTは自動車のリヤウインドや外国では車体にも使われ出し、軽量化による燃費向上を果たしています。
 CNTはゴルフクラブにも使われています。ミズノのNP001のシャフトです。10ヤード余分に飛びます。遠藤チューブをよろしく(笑)。
 世界最大の旅客機エアバスA380にも、2006年から、どことは言えませんがあるところにCNTが使われることになっています。 
 銅の5倍の熱伝導率を利用して、高速で走る列車等にCNTが使われだします。たとえばカリフォルニア・東京間を1時間で結ぶオリエント・スーパー・エクスプレス。マッハ5の飛行機です。さらにNASAのスクラムジェットは、2050年頃の予定ですが、ワシントン・東京間を45分で結ぶマッハ10の飛行機です。これらもどことは言えませんがCNTが使われることになっています。
 医学分野でもCNTが活用されます。世界一細いカテーテルはCNT製の直径0.53ミリ。細いだけでなく血栓が付着しないため、肝がんや脳疾患の治療に期待されています。
 チューブではなくカップスター型の素材では、ソニーのスピーカーコーンに用いられて、人体に聞こえない低音を出すそうです。聞こえない音を再現することで、よりコンサートホールの世界に近づけます。
 自動車用の燃料電池は2010年頃実用化されそうです。
 二層カーボンナノチューブは、圧縮に強いという特徴があり、飛行機などに使われます。また、2層チューブに熱を加えてくっつける「溶接」もでき、期待されています。ただ、いよいよ遠藤チューブの大量生産が始まって儲かるかというと、残念ながら特許が切れてしまっています。
 
 ナノはミラクルです。人は身長の6倍の速さで走ることができます。馬は体長の10倍、チータは20倍です。しかしCNTの延びる速度は触媒粒子粒の8000倍。高速の生産が可能です。
 技術は人を支え、助ける手段です。21世紀は真の技術の世紀---人類の英知で創生する愛・地球博が、技術新世紀の新しい幕開けとなることでしょう。

(お断り)この講義ノートは私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。また、できる限りオリジナルの講演で使われた表現を再現しようとしているため、かえってわかりにくくなっている面があるかもしれません。その点をお含みの上お読みくださり、間違い等があればご指摘をお願いいたします。

2005/06/03

エコマネーをもっと

 EXPOエコマネーをご存知だろうか。かくいう私も2度目に会場に行って初めてパンフを手にとってその存在を知ったので、とにかくPR不足であるのには違いない。
 エコマネーとは、環境に優しいエコ活動をすると入場券の内蔵ICチップに「エコマネー」がたまるシステムで、会場外でもレジ袋を断ったりするとポイントが稼げるしくみになっている。たまったポイントは懸賞に応募したり、環境を守る活動に寄付したりできる、なかなかよい試みである。
 しかし、である。愛知万博の入場者数612万人に対し、エコマネーをもらったエコ市民はわずか6万人。万博入場者のたった1%である。これからでも遅くないから、ゲートでリーフレットを配るとか、エコ市民を増やすことを真剣に考えてほしい。愛・地球博はたくさんの反対を押し切って開催しているのだから、経済効果より何より地球を愛する人を育てたという効果を生み出してほしい。
(注)エコマネーセンターの来場者自体は14万人を越えているらしいので、エコ市民6万人というのは解せないのだが、仮に多い方だとしても来場者から見た割合はわずかだ。

2005/06/01

植え込みの寝心地

uekomi
 街中のどこにでもある植え込み、この上がとてもすてきなベッドだっていうことをご存知だろうか。このあいだ遅い電車を降りたあと、15年ぶりの感触を味わった。
 あれはバブルの頃、忘年会シーズンで金曜の夜とくればタクシーが停められなかった。錦三では大きなお金が動いていた。最終東新町で飲んだ後、タクシーがつかまらず、めんどくさくなって植え込みで寝たのが最初である。コートの性能にも感心したものだ。以来時折この話をしたが、そのときの感触は忘れつつあった。
 が、先日なぜか試してみたくなった。きれいに刈られた植え込みが長く続いているのを見て、思わず身を投げ出してしまったのだ。ああ、この感じ。枝がしっかりしているから、体が沈んだりはしないのだ。昔と違うのは朝まで寝ないで、寝心地を確かめるだけにしたこと。ま、飲みが足らなかっただけかもしれないが。
(注)男性は重いので枝が折れたりするかもしれません。いきなり飛び乗るとまずいかも。

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