« 親友は | トップページ | アサヒ本チューハイ芋レモン »

2006/02/24

父の骨

 父は骨になった。まっ白い骨に。
 火葬場で焼き上がるのを待つ間、母と話した。父は骨が丈夫そうだったからきっときれいな形に焼けるだろう、いや、血管がぼろぼろだったのだから血液が行かずに骨も弱くなっていたかもしれない、はたしてどうだろう、と。

 炉から引き出された父の骸骨はきれいな形を保っていた。近親者を荼毘に付すまで付き添う経験は生まれてからわずか5回。そのなかで父がいちばん若かった。長寿の家系と信じていた。
 父の髑髏は少し右を見ていた。「骨になっちゃった!」と母が叫んだ。その母と私たちが駆け寄るより早く、火葬場の職員がそれを叩き割った。お骨を拾う儀式に使用する骨を収集するためである。見てはいけないものを見てしまったような気がした。改善が強く望まれる。
 壺に収める骨を拾った後、残りの骨のそばに戻った。父の眼窩、膝のお皿、たばこの脂がなくなった歯、焼け落ちて重なった肋骨・・・この後は廃棄処分されてしまうのだろうか。隣の炉から引き出された台に残っていた骨は、年老いた人なのか、残り少なではあったが、身内が引き払った後で寂しそうにしていた。何かが間違っているような気がした。父の、体の一部の骨でいっぱいになってしまった骨壺を抱いて、でも残りも全部連れて帰りたいと思った。喉仏偏重やめろ!!! そのときはそこまで考えがまとまらなかったのだが、いまはそう叫びたい。関東ではすべて拾うそうだから、こんな思いはしなくていいのだろう。

« 親友は | トップページ | アサヒ本チューハイ芋レモン »

日常生活」カテゴリの記事

コメント

お父様が亡くなられたのですね、お悔やみを申し上げます。
この記事を拝見して、とても驚きました。
私はご存知の通り関東に住んでおりますのでお骨は全て骨壷に入れるのが当たり前だと思っておりました。
私も一昨年父を亡くしておりまして、まだ記憶に新しいのですが。
骨壷へ入れる順番も足から順に上へ上がってゆき、細かい骨はちりとりの用な物で全て拾い集め、最後に頭蓋をかぶせる形です。
遺族の方の前で叩き割るなんて正直ショックというか信じられませんでした。
残りのお骨が廃棄処分て・・・
そんなのってないです・・・悲しすぎます。
本当に強く改善が望まれますね。

心身共にお疲れの事と思いますが少しづつ元気を取り戻して下さいね。

さくらさん、コメントありがとうございます。なんだか忙しくてさくらさんの動物たちにあまり会いに行ってなくてすみません。
そうですか、関東と関西の骨揚げの方法は、やはり記事にある通りなんですね。
頭を割られるのを見たのは今回が初めてです。数年前の祖母のときは高齢で骨があまり残っていなかったせいでしょうか、そんな仕打ちは受けませんでした。
どうしてもそうしなきゃいけないんなら、なにか断りのことばがあってもいいもんだし。遺族の気持ちを踏みにじるようなやり方がなぜ問題にならないのでしょう。
関東から中部以西に引っ越してこられた方で、全部拾いたいと申し出たら、名古屋の火葬場はどう対応するんでしょうか。

お悔やみを申し上げます。名古屋の火葬場の件ですが、張り紙がしてありますよ。全ての骨を拾う場合は最初にお申し付けくださいと。大きい骨壷を持ってきて台車からじかに骨を拾っている人を見たことあります。

のりひとさん、はじめまして。ようこそいらっしゃいました。
あれから気になってあちこちのサイトを読みました。八事斎場の利用案内http://www.city.nagoya.jp/kurashi/shisetsu/reien/nagoya00012349.html 
なんかも見てみました。骨が全部欲しけりゃ最初から大きい骨壺を持っていけばいいんだとはわかりましたが、そんなことはまったく想定外でした。病院で、父が死ぬかもしれないとはちらっと思いましたが、父が骨になることまでは思いつきませんでした。
骨を全部持って帰っても埋めるのも大変という問題もあるようです。散骨がさらに普及するのではないかと思います。父は隔週海釣りをしていたので、全部持ち帰って海に散骨してあげればよかったと思われて残念です。

私も母が骨になってしまった時、すごくショックで
腰が抜けそうでした。父に叱られて、なんとか拾いましたが、
これが母とは思えず、涙で何も見えませんでした。
私も名古屋の斎場でしたが、やはり係の方はたんたんと
しておられました。
お仕事とはいえ、暖かい心で接していただきたいですね。
私の父も釣りが大好きです。母はパートにあけくれていて、
何が楽しみだったのかすら記憶にありません。
私は母の死のトラウマに、今でも悩まされています。
私は元クリスチャンですが、嫁いだ先が仏教ですので、
私は安上がりに無宗教の葬儀でいいから、
山に散骨してねと夫に伝えてあります。
いつも身辺整理をして、突然山で死んでもいいように
しています。(暗いですね)(^_^;

コダマさん、コメントありがとうございます。
山への散骨は地域が限られるようですから
早めに探して希望を伝えておいた方がいいのかも、
なんて言ったらこれも怖いですね。
私も一人の山歩きで、大げさに言えば死を覚悟しているので(ほんとに大げさな話ですが)、身辺整理を心がけてはいるものの、なかなか難しいですね。なにしろ戌年生まれですから、がらくたを捨てられない・・・(^^ゞ

そうなんですか、色々お詳しいですね。
ありがとうございます。(^^)
戌年ですか、指折って数えてしまいました。
私の5つ上の姉がねずみ年です。(^o^)

ということはコダマさんとはプラマイ6~7年ということですね?ちなみに私の弟は子年です。
山への散骨は「樹木葬」といって植樹とセットのもあります。ギリシア神話みたいでいいでしょ?
人のリタイアメントとエンディングは仕事がら研究せざるを得ないテーマで、新聞のスクラップもずいぶんたまってしまいました。自分にはリタイアの時期が永久に来そうにないのが、悲しくもありうれしくもあり。

辛い時間をおすごしのことと、お察しいたします。
私の父が亡くなった時も、寒い時期でした。
父も、心筋梗塞でした。
火葬場では、母を支えるため、冷静でいようと努めましたが、
その後、かなりの期間、喪失感があり、父のことを夢に見ました。

その喪失感の中、近くの公園に行き、
夜の桜を眺めていたことを思い出します。
桜の花びらと、その影が重なる奥に、なにか別の世界があるようで、
吸い込まれるように、見入っていたと思います。

お父様のご冥福をお祈りいたします。

春になったら、桜をまた、撮りますね。

MooDeeさん、コメントありがとうございます。
MooDeeさんのお父様も心筋梗塞だったのですね。苦しまれたことでしょう。
私は18歳から父と別居ですので、日常生活で喪失感を味わうことはまだ少ないです。母がいちばん駄目みたいで、母と外で食事をする機会がずいぶん増えました。

今日は忌明けの法要を営みました。お坊さんの話を聞いてたときは父の死を肯定的に考えていましたが、叔父が吟じた追悼詞の「恨み綿々」の言葉でまたまた涙がたくさん出てしまいました。

母は、父が旅行に行って、いないだけだ、と思うことにしたと言ってました。やはり、同じ時代を過ごした人の辛さ、というのもあるのでしょうね。

法要の時は、お酒でおおらかになる親戚がいたり、泣いてくれる親戚がいたりで、いろいろでした。いろいろな、心の引き受け方があるんだと思いますが、私も、泣ける時は、泣いておくことにしました。

けっこう、親には心配をかけたもので、そのことを考えたりするのですが、良いことも悪いこともみんな含めて「生きた」ということなので、そう思って、父も私も、ガチャガチャしたり、グダグダしてもOKでしょう、たぶん。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54873/8810011

この記事へのトラックバック一覧です: 父の骨:

« 親友は | トップページ | アサヒ本チューハイ芋レモン »

ブログパーツ

  • COUNT FROM 2005/4/15
  • サイト内検索
無料ブログはココログ