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2008/05/25

死者の書




この1週間、ちょっと大げさな言い方をすれば、寝ても覚めても川本人形の生活になっていた(ジョーサトリアーニのCDを聞いた日を除く)。

発端はDVD「死者の書」。たまたま川本喜八郎のこのDVDを見つけて、わくわくして注文したのだ川本喜八郎の人形は、23年前に放映されたNHK「人形劇 三国志」以来、好きなのである。当時でもほとんどテレビなど見なかった私が、これを見るために早く仕事を済ませ、60話を一話も漏らさず見たものである。人形の世界は、人形であるからこそ真実の世界を映している、とその当時でも思っていた。

今回の「死者の書」は、川本氏が構想から30年もかけて実現したものだというのだから、期待も大きかった。原作は折口信夫。小林秀雄が「折口信夫は云々」とよく言っていたので名は知っていたが、読んだことはなかった。調べてみると「死者の書」は源氏物語と並ぶ日本文学の最高傑作とまで言っている人もいる。

古来、奈良盆地の南西、葛城山から二上山にかけては霊域とされた。二上山には持統天皇の陰謀により殺された大津御子の墓がある。「死者の書」は、その事件と当麻寺に伝わる中将姫伝説を題材に、古代の霊的世界を描いた作品である。

若くして殺された大津御子の霊は、この世にたった一つ残した執心---最期となった磐余の池で一目見たミミモノトジの面影を求めて蘇る。御子の辞世の歌:
  ももつたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ
大津御子の霊には、主人公藤原南家郎女(いらつめ)がミミモノトジと映っていたし、郎女は彼岸の日に二上山の山の端に現れる面影を慕い始めていた。大津御子の霊は郎女を二上山の麓まで呼び寄せ、郎女をおとなうが、郎女が「なうなう阿弥陀仏」と唱えると消えていってしまう。郎女はそれが大津御子の霊だと知らされていても、その身が寒かろうと案じて機を織る。織物を仕立てて郎女が彩色したとき、絵は極楽浄土を描いた曼荼羅になる。それは郎女の解脱とともに大津御子の霊から執心が消えたことでもあった。

DVDには47分にわたるメイキング映像が収められており、解説の中で川本氏は、人形に合った作品でなければ人形アニメは成功しないし、人形でしか表現できない作品があるというようなことを語っている。「死者の書」はまさにそんな作品なのである。

アニメーションの撮影は1秒分を24コマ撮る。メイキング映像では1秒のために少しずつ人形を動かして24コマ撮影するという気の遠くなるような作業が紹介されていた。郎女が舞うシーンが10秒なのだが、それを撮影するのに8日間もかかったと。人形アニメーションの作り方を見てから再度本編を見ると実に興味深かった。また、本編と同じ映像で、音声のみ川本氏の解説になったものもあり、これもまた理解を深めさせてくれた。

DVDを3度見たら原作が読みたくなって文庫本を注文した。構成は若干異なるが、読み進むたび岸田今日子さんや宮沢りえさんの声がよみがえってきた。読み終えてどうしてもしてみたくなったことがあった。もう一度本編を見ながら台詞と原作を照らし合わせてみたい・・・それで少しずつ再生しながら原作に台詞として使われている箇所をラインマーカーで塗っていった。最後まで線を入れて全体を見渡すと、なんとも原作に忠実に、そして巧みに簡略化して、脚本が作られているのがわかった。

さらに欲が出てもう1本DVDを買った。「川本喜八郎作品集」である。川本氏の最初の作品「花折り」から11作の小品を集めたものだ。こうやって22年にわたる作品を見ると、川本さんと人形、周囲の人たちの歩みが見えるようだ。作風は変化しつつも、語るのは一貫して執心と解脱である。「死者の書」がこれまでの作品の集大成という位置づけになるのもうなづける。 

「死者の書」については松岡正剛さんが自身のブログで紹介されている

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雑学」カテゴリの記事

コメント

辻村ジュザブローは知っていたけど、川本喜八郎さんは知りませんでした。
ジュザブローは確か、同じNHKの人形劇「八犬伝」の人形作家だった記憶が。

それにしてもタイトルの「死者の書」をみて、てっきり古代エジプトのヒエログリフで書かれたやつか、と思ったらお人形の話でびっくり。

機会があれば川本さんのお人形もみてみます。

死者の書は川本さんのHPに詳しく出ていたので見てください。
DVDはレンタル屋さんにはないと思うのでeye見たい場合は私がお貸しします。
アニメーションによって人形は生きています。アニメーターたちのとんでもない細かい仕事で、人形が命を与えられているのを感じながら見ると、実に感動的です。

そうだったんですね。
こちらに来てみて、事情がわかりました。
ボクは折口でしか「死者の書」は知りませんが、
人形劇にもこなれていたんですね。

nobinekoさんって、
7年に一度の池の追究にせよ、
この人形劇と「死者の書」との付け合わせ行為にせよ
何かに惹かれたら、極めずにはおかない
とても探究心がつよい方だったんですね。
しかも、すごく実証的というか…

その振れ幅の広い知的好奇心、
千夜千冊のファンであるというだけでわかりますよ。
ボクも「遊」以来の松岡ファンでしたが、
仕事で、東京駅丸善本店4階の「松丸本舗」に
行ったとき、なぜか昔のような感興がなかった…

最近、以前のような好奇心が
失われつつあるなぁ~と、
しばしわが身を反省した次第。


>naoさん、いや~なんだかお褒めをいただいてしまいましたが、対象を間違うと怖い人ですね(^^ゞ
「実証的」という評をいただいたのも初めてですが、それは確かにそうかもしれません。ただ、自分でできる実証には限りがありますね。昔はこんなこともありましたが・・・→http://nobineko.cocolog-nifty.com/nobinobi/2006/05/post_af34.html
これはもしかしてnaoさんと気が合うんじゃないかと思ったりします。
※千夜千冊は今まで知りませんでした。ファンというのは多分人違いであるように思います。

百人一首の謎解きの図表作成…
拡大して拝見しましたが、腰を抜かしました。
やっぱ、凝り性やわ~

「万葉集の謎」に仮託して、万葉集を朝鮮語から解き明かせるとした女性4人組の「人麻呂の暗号」という書籍も、梅原猛の「水底の歌」に匹敵するほど荒唐無稽で面白かったのですが、古代日本語と朝鮮語にはかなりの正確な言語学的な対応があると証明された前提がない状態で、アイディアだけが先走りするという、とりわけ古代史学や日本文学のエピゴーネンのような方々が、あのような卓見(?)をお書きになります。

そういうものを論理的にいちいちひっぺがしていく実証学的アプローチの方が、実はさらに面白かった…というような展開に持ち込んだのが、『朝鮮語で「万葉集」は解読できない』(安本美典)です。

さまざまな事例を持ちだして、古代日本語がレプチャ語や朝鮮語と同じだというのなら、英語でも万葉集は解読できますよ、とやったのが、国語学者の金田一春彦でした。あれは爽快だったな~。

ボクが実証という意味で使うのは、そういう学問的な根拠を前提とした、基礎の積み上げがなされているものを見たときの安心感と快楽に対してです。

それ以外は、SFあるいはサスペンス、ファンタジーとして作家の想像力を楽しむことになります。

そのいずれも大好きですが、もはや、そういうものを分析しながら追っていく気力が失せてきて、今では、盆栽に鋏を入れるのを無上の喜びとする瘋癲老人に近い状況になってます(笑)

>naoさん
私も「人麻呂の暗号」読みました。あんまり覚えていませんが、おもしろかったとは記憶しています。ハングルを少しかじった今また読むとまたおもしろいかもしれませんし、逆につまらなく思うかもしれません。
百人一首の謎解きは小倉山荘の絵→http://www.ogurasansou.co.jp/site/hyakunin/hyakunin01.html
の解釈が一番おもしろかった。私が子供の頃は皆百人一首に親しんだものですが、最近の子供は100覚えたりしないんでしょうから、こういうのを見たとき感動する人間も減ってきているのでしょうね。寂しいことです。

小倉山荘のサイトのぞきました。
腰を抜かしました。

風雅と教養と政治のタビスリーですね!

定家の知性恐るべしとの思いは、『明月記』を読んだときにさらに増幅されましたが、小倉百人一首はノーマークだったなぁ…すごいっ!

本歌取りや歌技巧の研究者だったから、歌人としてよりも学者としての定家をもっと見なければいけませんね。

島根県の隠岐では、当地の歴史写真集を制作販売していた関係で、何年かおきに定期的に渡って島前(どうぜん)にある後鳥羽上皇流刑地を歩きましたが、あの物悲しいまでに寂しい絶海の孤島で、なぐさみものも少ない状況を察した定家の、せめてもの追善、エールだったのでしょうか?

タピスリーとして百人一首を解いた林直道教授はいまどうされているのかな~と検索していたら、最近でも経済の著作を出されたり、百人一首の講演をされたりしてして活躍中でした。
※セミナーの記事→http://blogs.yahoo.co.jp/minaseyori/55460039.html

隠岐は一度行ってみたいところの一つですが、なかなか機会がありません。数年おきに行って、変化の速度はいかがでした?

意外に活気があるように思いました。

とくに島前(どうぜん)の知夫里島なんか、
Iターンの若者が結構いて、ヒオウギ貝の販売や
ダイビング・インストラクターなんかで、
頑張ってるみたいですね。
ネットで特産品を売る若者も増えているようです。

あと島後(どうご)では、飛行場があって、
その界隈の連絡道路などが整備されて、
お洒落になりつつありましたね。

ただ、残念ながら、我が職業の書籍販売は、
この島々でもまったく振るわず、島後には、
ジュンテンドー(島根県浜田市が本社)という
ホームセンターがあって、そのなかに書籍部門が
入っていたんですが、撤退しました(泣)。

景観では、島前の西ノ島にある国賀海岸は凄いです。
三陸のリアス式海岸なんてもんじゃないっす。
目の前の水平線彼方に竹島(鬱陵島)も見えるかも…

はっきり申し上げますが、日本海のまっただ中にこの島々はあり、激流にもまれておりますので、この近海で獲れる魚類にマズいヤツは一匹たりとも無し!!
泊った民宿や、ちょっと顔を出した料理屋で、
魚の味で外れたことは一度もありません。

行かれる機会があれば、絶対にわたくしめに連絡願います。わけても美味しい宿を紹介します。

訂正:竹島および鬱陵島です。
鬱陵島はさすがに見えないかも…(汗)
すみません。

>naoさん
改めて日本地図を見てみましたが、隠岐は「大山隠岐国立公園」なんて言ってる割には大山から遠いですね。新潟と佐渡なんかより遠い。ちなみに佐渡は佐渡弥彦米山国定公園となっていて、こうしてみると島だけで国立公園とか国定公園にはできない事情があるんでしょうかね。
そして、忘れていましたが隠岐は「隠岐諸島」なんでしたね。こりゃあ魚がうまいはず。んで、またまた思い出しましたが、日本古来の野生馬がいたような。
そんなところでもお洒落という言葉が似合う界隈が出現しているんですね。いいような悪いような、というのは本州に住む者の身勝手ですが。

あいかわらず、センスのいいツッコミですね。
ボクも事情は知りませんが、管轄は環境省だから、
そういう環境保護という観点からかもしれませんよ。

これが国交省管轄だったら、観光資源だのなんだのと
すぐに生臭くなりますもんね。

野生馬は、国賀海岸の断崖絶壁の上に
生息しておりますよ。断崖とセットで、
よくポスターに登場してますね。

完全な野生馬ではないですが、
下北半島の尻屋崎にいる寒立馬も、
最近では30頭以上に増えて、大洋をバックに
いいロケーションのなかで撮影できます。
ボクは、昨年夏、ここを訪れて、
鉄馬RTと本物の馬を並べて撮影しました。

百人一首から遠い所へ来ましたね~(;;;´Д`)ゝ


>naoさん
野生馬の話は『岬の馬』というようなタイトルだったか、畑正憲さんが書いています。野生馬といっても人が利用することによって数が保たれるというような、なんだかニコルさんの説く里山や森と人との関係に似た話だったと記憶しています。
そういえばRTはバイクの中でも馬っぽいですね。

フフフ、ほんとだ、似てる。

また、いつか、寒立馬とRTの
ダブルファンタジーをブログに載せますよ。

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