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2010/10/16

平城宮跡

同業者の遠足で、平城遷都1300年祭で賑わう平城宮跡へ行ってきました。
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バスを降りると平日というのに結構な賑わい。久しぶりに愛知万博を思い出しました(瀬戸会場の方の雰囲気)。


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珍しいけど食べようという気にはならないハンバーガーの前を通り過ぎ、

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せんとくんの前を通って行きます。

とりあえずは整理券配布中の平城京歴史館の方へ。が、今配布中のチケットでは帰りに間に合わず、遣唐使船は遠くから眺めるだけにして朱雀門から順路を行くことにします。

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遣唐使船は子供たちに占領されています。

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朱雀門です。塗料の具合が新品ではないなと思ったら平成10年築でした。門を入るとはるかに大極殿が見えます。


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まずは踏切を渡らねばなりません。結構電車がきます。朱雀門から踏切前まで歩く間に数本の列車がきました。

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花を植えてあるところ以外は田んぼみたいな感じです。

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踏切を渡って草原の脇にずっと延びた道を歩いていきます。


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やっと大極殿に接近しました。でも入場は裏に回り込んだところからです。

大極殿は、だいごくでんと読みます。天皇の即位式等、国家の重要な儀式に使われていた建物ですから、美しく装飾されています。
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天井は枡目の一つ一つの中に花模様が描かれています。

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屋根の上にある「鴟尾(しび)」の模型。しゃちほこの原型でしょうか。

大極殿を出て、ちょっと一休み。会場内にはほどよくベンチが設けられており、平日なら座れそうです。ただ、大極殿前庭広場はイベント準備のため工事中のような景色なのがちょっと残念です。

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休憩後は東へ、遺構展示館へ向かいます。
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お客さんはこっちの方にはあんまり来ないみたいです。空いています。
地図の、宮内省の横あたりです。

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大極殿はこっちの方から遠望した方がきれいです。


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看板がずいぶん老朽化しています。向こうに見える円柱形の木々は、もしかしたら柱の位置を再現したものでしょうか。このあたりは「内裏(だいり)」です。昔の台所ですね。
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左手は井戸、右手は洗い場です。

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遺構展示館の西側に、平城京の全体図があります。九条の羅生門からいまいる大内裏(奥の高くなっているところ)までが描かれています。

遺構展示館には、出土した井戸や土層の断面のはぎ取り、出土品などが展示されていますが、目玉は発掘調査したそのものの地面を見られるところです。
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基礎の穴が重なり合っているのは、何度か立て替えを行った跡です。
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南館の展示はCGで説明されています。

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このグレーのものは煉瓦のようなものだそうです。


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遺構の展示はこんなふうです。

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外から見たところ。

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おもしろいものを見て満足したので、ぶらぶら帰ることにします。さっき見てなんだろうと思っていた盛り土は、建物の土台のところまで復元したものなんだなあとわかって、見る景色が変わります。

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写真奥の方にあるのは第2次朝堂院跡です。

ただの原っぱだと思っていた草地は、実はすごい労力で発掘し埋め戻した場所なんだとわかって、帰りの景色も変わりました。

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コメント

実は10年ほど「奈良県民」で奈良市朱雀に住んでました。
平城宮あとで電動ラジコン飛ばして遊んでました(笑

実は20年ほど前「なんちゃって奈良市民」で、
奈良市京終(きょうばて)に住み込みで取材してました。
ラジコンの代わりに、約束手形を飛ばしてました…(笑)
悲惨な仕事でしたが、写真集『奈良市の100年』、
おかげで、よ~け売れました。
しかし、大極殿、またすごいものを造営したもんですね…
中国の真似とは言え、当時の朝廷の並々ならぬ国威発揚ぶりが
手に取るようにわかるスケールですね。
いいもん遺してくれていますよ。

このイベントの名前しか知りませんでしたが、沢山の写真で行って来た気分になれました。
遺跡の上に電車を走らせる近鉄の奈良県に於ける影響力の大きさを見た気がします。

>kiyoさん
ラジコンですか~
平城宮の発掘調査は1954年、56年も前から始められたらしいですが、10年前はとっくに埋め戻されていたんでしょうね。朱雀門は平成10年築らしいですが、ありました?

>naoさん
京終ですか・・・
「死者の書」で藤原南家のあるのも京終だったように覚えています。でもこのあたりからだと秋分の日に二上山の雄岳と雌岳の間に日が沈んでいくようには見えないだろうにと思うのですが、どうでした?
大極殿は今回の復元ですが、当時の1.6倍のスケールになりましたと描いてあったように記憶しています(ちょっとあやしいですが)。建設費、いくらくらいかかったんでしょうね。調べてみたらそれはわかりませんでしたが、大極殿と前庭を取り囲む板塀(一番下の写真に写っている塀)が2億4000万円かかった(当初予算は1億2000万円で、倍増したことを問題視されている)そうです。

>コロリンさん
なんだか忙しくてあんまり調べずに行ってしまったのをちょっと後悔しました。
近鉄がいつ線路を造ったのか調べてみると大正3年にもう列車が走っていました。それでも当時だってここが大内裏の中だってことは明らかだったはず・・・やっぱり明治の終わりには保存運動が起きてるみたい。
近鉄については地下化する計画のようです(国費でね)。

ぼくは1992年~2002年まで奈良市民でしたからなおさんと少しばかり同じ地域の空気を吸ってたと思うと・・・(笑。

朱雀門はドッカリとありましたよ京都にくらべて観光収入が少ないので市民は多少の期待はありましたが写真で見るように整備はされてなくて砂利の駐車場にたまにバスがとまってるってイメージでした(笑。

う〜ん・・・
人ごみが嫌いな私としては、今年中にこの辺りには行かないでしょうねぇ(爆)

去年、朱雀門に行った時は、人も居なくて、無粋な三角コーンなんかなくて、いい感じに寂れたところだったのにぃ〜(ToT)

>ヒデマオさん
お久しぶりです。
私も人ごみが苦手ですが・・・
平城宮跡はさほどでもなかったですよ。

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