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2011/02/13

北海道開拓の村(3)・・・市街地と漁村群

馬そりで帰ってきた後はまた市街地の探索を続けます。
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旧小樽新聞社です。ピンクの建物、浦川支庁庁舎の隣です。現在は鉄骨ですが元は木骨に石造りでした。

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新聞は読めるようにしてありました。

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文字ばっかりです。でもちゃんと広告もありますね。印刷は当然に活版。鉛の活字がありました。

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現代のモノがありますが、実演用なのでしかたないでしょう。

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旧開拓使工業局庁舎です。色がすてきな感じです。オリジナルもこうだったのでしょうか。

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旧札幌警察署南一条巡査派出所です。中をのぞくとお巡りさんがいます。

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昔のストーブの奥に今のストーブがありますが、ボランティアガイドさんのため?

派出所の裏には旧北海中学校の白い校舎があります。

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思い切り雪に埋もれています。中には教科書などが展示されています。またオルガンがたくさん展示してありましたが、私の小学校にはこれが古いオルガンとしてあったような気がします。

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外に出るとしゃんしゃん鈴の音が近づいてきました。

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外国人ばかりのためか、ガイドさんの説明なしみたいです。村の周囲はこんなふうに外界の新しいものが見えない作りになっているので、なおさら異次元空間を作り出しているのです。


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旧龍雲寺です。さすがに寒いのでガラス戸が付いているのでしょう。鐘楼もあります。

龍雲寺の向かい側は旧青山家漁家住宅です。
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数十人の人を雇った経営者の家なので、番屋のほかに5つの倉、外便所があります。番屋の中に入ると囲炉裏に火が入っており、お茶を出してくださいました。

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ここでボランティアの方としばらくお話ししたことは言うまでもありません。またこの部屋、板敷きの間を取り囲んで畳があるのですが、そこに漁師たちのたたんだ着物がずらっと並べてありました。ここで大勢が寝泊まりしたのでしょう。

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ここは漁村です。雪に埋もれていますが、ここに「海」があります。向こうに見えるのは、旧秋山家漁家住宅です。

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囲炉裏とストーブと両方あります。昭和53年までこの家で暮らしていたそうです。囲炉裏ではニシンを焼いています。

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秋山家の台所です。家の中にも外にもニシンがつり下げられています。

漁村群を出て市街地に戻ります。

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旧浦河公会会堂です。神戸からの集団移民が建てたものです。内部はこんなふうです。

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ここから馬そりで走った道をたどって農村群へ行きます。
おや、道にお馬の落とし物。

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カメラの電池がやばくなってきたので、このあと写真は少なめです。

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コメント

>ニシン
オランダ人が高身長なのは歴史的にニシンを食べ続けたからという説があります。他にも高カロリーのチーズも食べたそうですが。

>コロリンさん
ニシンって背が伸びる成分が入ってるの? 写真にありませんが、ここにも赤れんが(旧道庁)にも同じ鉄の大釜があって、それでニシンを煮たそうです。煮たのを食べるんじゃなくて圧搾して油を取り、残りは飼料にしたんだって。

ニシン御殿ですか…
「ゴメが鳴くから、ニシンが来ると
 赤いツッポのヤン衆が騒ぐ
 雪に埋もれた番屋の隅で
 わたしゃ夜通し メシを炊く~♪

 あれからニシンは どこへ行ったやら~
 オタモイ岬のニシン御殿も~
 今じゃ 寂れて 
 オンボロロ オンボロボ~ロロ~

 変わらぬものは古代文字~
 わたしゃ 涙で 娘盛りの~空を見る~♪」

ご存知、北原ミレイの『石狩挽歌』。
ニシンで当てて巨万の富を築いた人々の栄光と没落

この詩を書いたのは、満州に生まれ、
小樽で育った、なかにし礼。
終生の愛憎の塊・疫病神となった実兄が、
ニシン漁の3日間の権利を、家を抵当に入れてまで買い、
3日目に大漁を当てて大儲けしたのに、
それを東京方面に送ればもっと儲かる…と、
止める家族の大反対を押し切って実行したら、
案の定、シケで船が転覆してすべてがおじゃんに。

なかにし礼一家の悲惨な転落と桎梏は、
ここから始まります。

わたしは、なかにし礼の歌詞の大ファンなので、
カラオケでは、この『石狩挽歌』持ち歌です。
北海道に賭けて夢破れた男たちへの挽歌…
しびれます。

その反面、浦河の教会にも心惹かれます。

浦河という、襟裳岬に近い町は、
ちょっと自由の風が吹くリベラルな雰囲気の
コンブ漁で栄えるところですが、
それはやはり神戸の風が入っているからです。

一昨年7月に出かけた北海道ツーリングの
最終目的が、ここ浦河で精神障害者厚生施設
「ベテルの家」を見学し、浦河日赤の精神科部長の
川村敏明先生とお話をすることでした。

患者さん自分たち自身で、症状を確認し合い、
自らの手で社会に乗りこんでいく方法を学び合って
精神障害という難題と上手に付き合っています。
この方法の根幹にあるのは、
「安心して絶望できる世の中」というテーマです。

わたしは、このテーマこそ、これからの
人心荒廃社会を中央突破する諧謔(朗らかさ)と
かねてから思っていたので…

>naoさん
べてるの家のHPを見ていたら、スタートは旧浦河協会とありました。開拓の村にあった建物は明治27年築、昭和58年収集ですので、まさにこの建物ということになるのでしょうか。
「安心して絶望できる世の中」、キリスト教的ですね。そうなれば、自殺者は激減するでしょう。

北海道の南と北との風土の違いを感じていらっしゃる。達人ですね。

さっきウイスキーを買いに行ったんですが
迷わず「余市」にしてしまいました。
もともとこれ好きなんですけど、
ぜんぜん迷わず。
帰って余市町を検索してみると・・・
やっぱりニシン御殿の町でした。
そんな気がしたんですよね~

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