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2011/02/15

北海道開拓の村(5)・・・市街地と山村群

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市街地に戻って参りました。ここは旧札幌拓殖倉庫です。これが昭和57年まで札幌駅北側に6棟あったそうです。
もちろんファザードには星マーク。
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もとは当然赤い星だったんでしょう。

メインストリートに戻ります。角は旧本庄鉄工場です。

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つまり鍛冶屋さんですね。


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隣は旧藤原車橇製作所。明治の建物を再現したものです。木を曲げるところが難しいようです。

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隣の旧太田装蹄所です。馬の蹄鉄は夏冬で着替えていたようです。鍛冶屋の設備もありました。

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旧武岡商店、米などを売っています。写真がありませんが隣の旧大石三省堂支店はお菓子屋、向かいの旧渡辺商店は雑貨店です。お菓子屋では和菓子もあれば大きな飴玉、せんべいなども陳列してありました。渡辺商店の隣は旧山本理髪店で、ここでは床屋の主人が徹夜で営業したような話もしていました。大正後期に札幌の中心部に立った建物ですから、繁盛店だったのでしょう。


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床屋さんの隣は旧島唄郵便局。裏に見える白い建物は北海中学校です。

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旧広瀬写真館です。大正末期から昭和33年まで営業していた写真館を再現したものです。居住スペースは1階で、仕事は2階です。採光の関係でしょうか。


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2階スタジオです。屋根がガラス張りになっています。バックの絵は札幌停車場(管理棟)です。スタジオの脇に暗室もありました。


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市街地の外れ、山村群の手前です。朝一緒にバスに乗ってきた青い目のボクとすれ違います。
正面は旧札幌農学校寄宿舎「恵迪(けいてき)寮」の玄関棟です。左右に2階建ての棟があり、渡り廊下で連結されています。
玄関を入って左の棟は寮の自治、右の棟は寮の生活について展示してありました。写真展示が多かったのですが、集合写真の顔に落書きが目立つのが気になりました。
展示とは関係ないのですが、一番奥の部屋に小鳥が舞い込んで出られなくなっていました。玄関から渡り廊下を通ってきたのでしょうか。後でボランティアの方とすれ違ったときそのことをお伝えしたら、帰りのバスで一緒になったのでいろいろとお話をしました。その方は昭和1桁のお生まれのようでしたが、「恵迪寮を見た卒業生はここへ置いてくれと言う。古い建物に少し後の時代の展示を重ねているのだがね」という意味合いのことをおっしゃっていました。おそらく北大のご出身なんでしょう。

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2階から見た様子です。

現在の北海道大学恵迪寮自治会のHPはこちら。自治の伝統は脈々と続いていそうです。

寮から出て雪道を下っていくと緑の屋根の、旧札幌師範学校武道場があります。昭和4年の建築ですが、開拓村の中では新しげに見えます。

このあたりは山村群です。最奥部の炭焼き小屋は冬季は行けませんので、その手前の旧平造材部版場合までです。内部の様子です。

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合宿所ですね。寒そうです。

その手前にあるのが、森林鉄道機関庫です。木材を積んだ機関車がいました。
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時間も残り少なくなって急いで市街地へ戻ります。

開拓時代の建物は、出身地の様式を残そうとしたものと、積極的に新しいものを取り入れたものの2つの流れがあるようですが、旧近藤医院は後者のようです。

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受付です。奥は調剤室のようですね。幼いころ、こんなお医者さんがあったかもしれないです。


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診察室です。

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ここは処置室?手術をしたわけじゃありませんよね?

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トイレはとてもきれいです。

隣は旧武井商店酒造部です。

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午前中、甘酒をどうぞと誘われたとき、最後にここで温まろうと決めていたところです。が、4時を回っていたためいったんは終わりといわれました。でも漁村の囲炉裏でお話した女性が私に気づいてくださり、「開拓小屋は行ってこられました?」と声をかけてくださいました。また甘酒にもありつくことができました。

隣は小樽の繁華街にあった旧三枡河本そば屋です。

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2階が食べるところでした。

メインストリート入り口の、旧来正(くるまさ)旅館です。

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1階の食堂のような場所は、私の幼い頃の近所の仕出し屋を思い出させるものでした。木製の冷蔵庫があった頃です。

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ここが最後と思ってくつろいでいたら、職員さんが掃除にきました。で、もう一つあることが判明。急いで隣の旧近藤染舗を見学し、炭焼き小屋を除く51の建物を回り終えたのでした。

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旧開拓使札幌本庁舎の窓が金色に輝いています。

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札幌で見る夕日です。

バスはボランティアの叔父様とずっと話してきたのですが、「ここの良さは居抜きだよ。だからそのままがある」ということでした。箱だけじゃない、生活の匂いもつれてきているということです。

記事を書きながら、雪のないときの開拓村を紹介した記事にも出会いました。先に、雪が新しいものを隠してくれているからタイムスリップが容易だと書いたのですが、もう一つ気づきました。雪のもたらす連続性です。1軒ずつの建物が離れ離れでなく、町並みとして一体化するためにも、雪は重要な役割を演じていました。

ここへまた来てもっとゆっくり見たいという思いはあります。が、今回の北海道で見たものには、先住民であるアイヌが登場しませんでした。次回の北海道旅行があれば、自然とアイヌと開拓民のすべてが登場する舞台を見たいと思います。

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コメント

どの建物もきちんとしていて立派ですね。
>北大恵迪寮
 冬場に仮装して2階の窓から雪にダイブするニュースを昔見ませんでした?
>札幌本庁舎
 丸いドームがロシア東欧を感じます

>コロリンさん
世の中に疎い私には北大恵迪寮のニュースには気づかずにきてしまいました。高校で進路を考えていたとき、北大農学部というのも憧れとしてあったんですよ。あそこへ行っていたらもっと野生の人になっていたかもしれません。いい意味でね。

「雪のもたらす連続性です。1軒ずつの建物が離れ離れでなく、町並みとして一体化するためにも、雪は重要な役割を演じていました。」

この身体的理解、私も一発で臍落ち致しました。

ずっと真剣にnobinekoさんのレポートと写真を
読んで見てきたからこそ、ズ~ンと腹に収まった!

雪はとてつもない障害ですが、
みな同じ条件で苦楽を分かち合わねば生きられない
過酷という状況のリアリズム。

ウエスタンな開拓者魂。
ピューリタニズムでも持たなければ、
なかなか続きませんよ、この大地では…

>naoさん
ご賛同ありがとうございます。
今回の北海道旅行は、はからずも
初日、支笏湖で人類登場前のマグマの活動を想い、
2日目、旧道庁赤れんがで開拓移民の状況を文字で知り、
3日目、開拓の村で開拓者魂に触れた
というストーリーを構成したのでありました。
じかいはぜひここに先住民を入れてみたいと思っているのですよ。

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