カテゴリー「愛・地球博」の記事

2005/11/15

エコデザイン・フォーラム

ナディアパークで行われたエコデザイン展とフォーラムに行ってきた。
愛・地球博環境マネジメント・プロデューサー鵜浦真紗子氏の基調講演を抄録する。演題は「さりげなくデザインされた愛・地球博での試み」。

「成熟した社会の中、環境に対する意識が高まっています。
ひとや環境にやさしい製品づくりやシステムづくりが求められ、
エコデザインという言葉を耳にすることが多くなってきています。
企業やデザイナーにとってエコデザインは、社会的使命として期待され、
また新たなビジネスチャンスを生み出すキーワードとして重要になってきています。
展示とフォーラムをとおしてエコデザインとは何かを考えてみようと思います。」
とテーマを読み上げた後、エコデザインについての前置きを二つ。

一つは、建築家であり数学者であり哲学者でもある現代のダビンチ、バックミンスター・フラーのエピソード。彼はジオデシックドーム=フラドームを提唱したが、過去30万個も作られている。彼は著書「宇宙船地球号の操縦法」で「より少しからより多くを」の考え方を述べている。
もう一つは鵜浦氏の住む、名古屋市の姉妹都市でもあるロスの新しいランドマーク「パイロン」。DVDで音楽とともに映し出された画像は、ハイウェイの脇に林立する円柱群であった。2000年に完成したガラスの塔は、屋上緑化をはじめ環境にも配慮したものだそうだ。美しいことを求めていくのも必要だ。

前置きの後、キーワード集の紹介。
1)今日のキーワード 環境一般編
  持続可能な発展や社会
  資源循環型社会
  ゼロエミッション
  3Rから5Rへ
  3Pから5Pを目指して
2)今日のキーワード  愛・地球博編
  自然の叡智
  環境マネジメント
  愛・地球博における環境配慮型の活動
  グローバルループ
  アジア・インパクト政策集団
3)今日のキーワード  エコデザイン編
  (余白)

博覧会における環境に配慮した取り組みの例
1 環境影響評価書に示した保全措置の実施
2 自然環境に配慮した会場計画の策定
3 循環型社会のための先進的な技術の導入
4 3R(リデュース、リユース、リサイクル)の積極的導入
5 環境負荷の少ない交通手段の利用促進
6 楽しみながら学ぶ機会の提供

愛・地球博の映像を見る。会場でいちばん鵜浦氏の思い入れのあったものはグローバルループ。自然環境に配慮した会場計画の策定から考案されたもので高低差40m、みんなが地球の上で平等という理念をも表す、博覧会のランドマークであった。表面はユーカリの間伐材、中央部には強度向上のため廃プラスチックを混ぜた素材、ほかに透水性の煉瓦も用いた。鵜浦氏が気に入っていたのは照明プロデューサー石井氏による「月明かり」の演出。開会前の雪化粧したグローバルループもあった。

次なるトピックスは長久手日本館。竹をはじめさまざまなエコの仕掛けがあった。

どうしても見せたかったようなのがドイツ館。その画像にたどり着くまでジョン・ギャスライトとの対談。NHKの英語放送らしい。自然の叡智を日本人は自然から学ぶととらえるが、欧米人はそうではないらしい。
ドイツ館では自然の生き物の形からデザインされたバイオニクス製品が紹介される。

欲張りすぎて時間切れの感多分にありだが、まとめ。自然が持つものからエコデザインは生まれそうである。自然と一体化した感覚を持つ日本には今後大きなビジネスチャンスがある。

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2005/11/07

NORIKA3

万博大学の記事をホームページに移して再度編集する作業の中で、リンクをチェックした。万博大学の公式ページはすでにトップページが削除されていて寂しい限りだが、NORIKA3に新しいプロモーションビデオが追加されていてうれしくなった。
NORIKA3とはナノテクを利用した、飲む医療カプセルである。日本でももうすぐ解禁になるのだろうか。バリウムも胃カメラも嫌だから、これを待っている。それまで病気にならないことを祈りつつ。

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2005/10/15

トヨタ見学

 今日は研修でトヨタ自動車を見学した。最初に訪れたのはトヨタ会館。我々も観光バス2台を連ねてなのだが、駐車場には先に10台ほどの観光バスが駐まっていた。観光地かと思えるほどだ。
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トヨタ会館では、トヨタの技術や生産のしくみを、実物の展示や映像で楽しく見せてくれる。カンバン方式も動く画像で説明してもらうとよくわかった。中小企業診断士の学習中のメーカー勤務でない人にはお勧めかもしれない。お勉強の後はアミューズメント。F1マシンは2台展示してあって、去年のマシンには試乗(座るだけだが)もできる。次はそれをねらってこようかしら。
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最後はパートナーロボットの演奏。1曲だけだが、すぐ間近で見ることができる。万博期間中もずいぶん人気だったそうである。
 展示の後はレクチュア。これは我々のツアーだけだが、トヨタの安全衛生の理念を聞いた。「安全はマネジメントそのものである。トップからすべての一人一人まで安全衛生最優先を使命とする」というものである。あとで見た工場の様子で、本当にそれが浸透しているのだなと感じた。
 

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2005/09/12

万博大学第13回講義ノート「自然の叡智、人間の知恵」梅原猛氏

 万博大学最終回はEXPOホールで、梅原猛さんを迎えて行われた。梅原さんは1925年内海生まれ。48年京大を卒業、67年立教大学教授、72年京都市立芸術大学教授、94年同学長。のち87年に国際日本文化研究センター所長。99年文化勲章受章。2001年ものづくり大学総長。この間に膨大な著作あり。哲学、歴史、文化人類学の他、スーパー歌舞伎や狂言の脚本も手がける。

去年の暮れ、長年の友人である豊田章一郎さんがお願いがあると言いました。僕が豊田さんに頼んだことはいっぱいあるが、僕が豊田さんに頼まれたのは生まれて初めてでした。それがこの万博大学でした。トップでやってくれと頼まれてちょっと忙しいからと言うと、そんならトリでやってくれと言われて受けたわけです。

前置きはさらに続く。

 

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2005/09/11

過去最高25万人

10日は万博大学最終日だが、今までの行き方では並ぶ羽目になりそう・・・ で、杁ヶ池公園までバイクで行って、そこからリニモに乗った。ホームは特に混んでなく、車内での混雑は別として、まあまあだった。
が、11時半に西ゲート手前に着いたとき、入場制限中? で結局並ぶ羽目に。
待つこと20分ほどで入場。この間EXPOホールの前の方の席がなくならないか気をもむ。
でもEXPOホールで一緒だったKさんは、 9時に北ゲートについたけど入るのに3時間かかったって言うから、 まあよしとしよう。
nihonteien_011 人が多すぎてトイレにも入れないので、 ビール飲むのやめ、トイレも我慢して、日本庭園だけ見て帰ってきた。その日本庭園も人が多すぎて風情マイナス。
帰りのリニモは八草からの便が遅れているということで、公園西駅改札前で数分待った。5時少し前である。その間、背後は長蛇の列ができた。あの方々は、一度にはホームに入れてもらえないだろう。
このあと、平日ならもう少しましなのだろうか。

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2005/09/10

万博大学第12回講義ノート「景観は地域遺伝子~住んで良し、訪れて良しの国(郷)づくり」涌井史郎(雅之)氏

今回は、大学卒業直前にベンチャー企業を立ち上げ、企業活動を行いながら松蔭大学生命環境工学研究機構の機構長として研究も続けてきた涌井史郎(雅之)氏から「景観」の話を聞いた。氏は2005年日本国際博覧会会場演出総合プロデューサーでもあり、後半は万博会場に盛り込まれた思想なども聞けた。

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エケコさん

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アンデス共同館で食事。向こうでフォルクローレのステージが始まったところで、なかなかいい感じだった。で、そのあと発見したのがエケコさん。欲しいモノをうちに連れてきてくれるという役立ちオジサンである。そうなんでしょと売り子に聞いてみたが知らない様子だった。別の国の人だったのかしら。ミニチュアの契約申込書でも作ってしょわせようかな。

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森山良子コンサート

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 8月31日のトワイライトコンサートは森山良子。愛・地球広場は老若男女でいっぱいになり、グローバルループからの立ち見もあった。
 このあいだは画像だったけれど、こんどは実物。澄んだ歌声が心に沁みた。最近自分がしぼみがちなので、彼女の輝きがまぶしかった。

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2005/09/04

アザラシに会ってきた

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 2匹目のにゃざらっしー君は元気に育っていた。2月近くの間、毎日世話をしたのでずいぶん愛着もあった。万博へ行く前に海に帰したが、またしてもQRコードは出なかった。泣きたくなったが、母のパソコンにインストールしておいたミヨピーのQRコードを持ってきてもらって妥協した。原因はIEを規定のブラウザにしていなかったことだ。そんな注意書きはどこかにあったのかな、と思ってみても後の祭り。
 日立グループ館でのツアーの最後にミヨピーに会った。にゃざらっしー君だと思って心で手を振った。日立館の成功はここにあると思った。

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2005/09/02

8度目にして初めて並ぶ

050831_10360001  最近では空いていた方の8月31日に8度目の万博に行ってきた(入場14.8万人)。 
 今回はどうしても見たかった日立グループ館に行くために、朝から出かける。開場時間に行くのはこれが初めてなので、様子がわからない。歩きたくない両親を北ゲートに送り込み、私は西ゲートへ。7時半だがすでに開場待ちの列が長く伸びている。雨の後なので座ることもできず、立ったまま持参の雑誌を読んで過ごす。詳しくは書かないが未だに人の誘導が確立されていない感じ。不公平に気づいた客は怒るだろう。
 入場は意外にスムーズ。聞こえてきた話では、西ゲートはリピーターが多く荷物検査が早く済むので、入場待ちの列が早くさばけるそうだ。それは両親の入場手続きに要した時間をみて納得した。ゲートからほぼ同じ距離にいたのだが、私が西ゲート入場後日立館まで歩き、その前で待った時間は15分ほどもあったのだ。むろん、一般の予約券配布はすでに終了していたが、シニア枠は両親が到着してからでも大丈夫だった。
 

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2005/08/29

万博大学第11回講義ノート「人間の心と社会のあり方」河合隼雄氏

今回は文化庁長官であるユング派の臨床心理学者河合隼雄氏から、人間の心と社会の相互関係を学んだ。「年取ると自分に都合の悪いことはすぐ忘れる」と河合氏が言うように、私も発信禁止のおふれは忘れて書いてみよう。

 「人間の心によって社会が作られている」と考えがちだが、実はそうでない。社会が人間の心に影響する。人間の心と社会の、お互いの相互関係を知る必要がある。
 近頃の大学生は元気がないといわれる。昔は学生運動が盛んだった。イデオロギーを変えるための運動だった。しかし一つのイデオロギーで変わるほど社会は簡単ではない(何にもかわらへんで)。今の人はそんなことは考えない。イデオロギーで社会が変わると思った時代は終わった。司馬遼太郎が対談で語ったが、昔の学生のような「高温爆発型」ではなく、今の学生のような「低温発酵型」でないと社会は変わらない。
 

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2005/08/07

万博大学第10回講義ノート「地球と社会のフロンティア・・・ロボットで未来を拓く」須藤誠一氏

 先回の藤野氏に続き、今回も企業人であるトヨタ自動車の須藤氏が講演。今回はノート風にまとめる。
 (須藤氏略歴)1951年生まれ。74年東京理科大学機械科卒業後トヨタ自動車に入社。2001年よりTMMNA(トヨタモータマニファクチュアリング・ノースアメリカ)社長。燃料電池やロボット開発に携わる。

パートナーロボットとは
 従来のロボットから進んで、人の役に立つ「かしこさ、やさしさ」を有し、人と共生可能な知能化機械の創造をめざす。人と機械の共生のために、パートナーロボットに求められるものは、高いコミュニケーション能力、人に合わせる動作能力、安全・安心の柔らかい行動、である。

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ヒロシマ60

 8月6日、広島で行われた平和コンサート「ヒロシマ60」が、愛・地球広場の大画面で中継された。hiroshima60_006
南こうせつが平和への思いを語り、黙祷から始まった。かぐや姫の再結成であるが、ファンの集まりというよりも、平和を愛する人の集まりだと思いたい。広島サンプラザでも愛・地球博広場でも、年齢は比較的高めだ。ただ、こちらはファミリーもかなり多い。芝生(人工芝?)に裸足、生ビール付き。日中の暑さが嘘のように心地よい風が吹いてくる。
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ゲストに森山良子。「涙そうそう」「さとうきび畑」「マザーアース」を澄んだ声で歌う。広島と万博会場の聴衆が画面を通して手を振り合う。南こうせつの、みんなが平和を祈るすばらしいコンサートだという言葉に胸が熱くなる。
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万博会場の参加者は3000人。アンコールの拍手は画面に向けてもたくさん送られていた。

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2005/07/31

夢の住宅PAPI

 万博大学で坂村教授の講義を聞いてからずっと気になっていたPAPIを、ようやく見に行ってきた。予約を入れてのミニツアーである。私たちが5人、ほかにはカップル1組で、7人のために1人のアテンダントが丁寧に説明してくれた。
 まずは案内棟でビデオを見る。坂村さんの大写し。ビデオルームのいすは20脚ほどだったから、1回のツアーのキャパはそんなもんなんだろう。

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2005/07/12

大きなお世話

 次回の万博大学は受講できないという話をしていて、では誰かにICレコーダで録音してきてもらったらという提案をいただいた。見せてもらったICレコーダはなかなか使えそうだと思った。が、カーナビが大きなお世話なのと同じく使いたくないと答えてしまった。今までの講義でも何度かICレコーダがあればと思ったことはあるのだが、購入に至らなかったわけが少しわかった。もし録音したとして、それを聞いてレポートにまとめたならば、テープ起こしの膨大な作業になるか、かなりの要約になるか、どちらかだろう。録音に頼らずメモと記憶に頼ることとすれば、聞くそばから情報を取捨選択することになる。どんな情報が残るかいえば、私がおもしろいと思った情報だ。情報は切り捨てるものである。切り捨て方に個人差があるからおもしろい。しかも完全な講義録は全講義終了後に出版される予定である。そういう意味で、万博大学のレポートは最後までレコーダに頼らず書こうと再確認した。が、これがお金をもらう取材となれば話は別。後から思い出したくても思い出せない部分を、レコーダが助けてくれるだろう。カーナビも情報提供だけしてお薦めコースは尋ねなければ黙っている、というのなら考えてもよさそうだ。

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2005/07/10

Ocean Contact

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 日立グループ館に連れて行くため、チチュウカイモンクアザラシを育てている。今日画面を開いたら成長段階が第2ステージになっていてうれしかった。実はこの子2代目なのである。1頭目は、会場に行く前に「会場に行く」ボタンを押したら海へ帰って行ってしまって何も残してくれなかったのである。あれはまだ幼すぎたからだったのだろうか。画像は初代にゃざっし~君のもの。笑顔が何ともかわいい。

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万博大学第9回講義ノート「リニモに賭けた夢」藤野政明氏

 今回の講師は中部HSST開発社長の藤野政明氏。スタートから現在まで企業人というところがいままでの講師とは異なる。それは丁寧な語尾にも表れていたが、語り口のスピードに、にわかに購入したボールペンがついてゆけず、今回のノートは再現度が低いのをあらかじめお断りする。
 
 30年リニモの開発に携わってきた身として、今日は最高の場所で発表ができてうれしく思います。
 リニモは、常電導磁気浮上式リニアモーターカーです。磁気で浮上して走るので、騒音や振動が少なく、都市に優しい乗り物です。交通システムとしてはHSSTといいます。リニモは世界で2つめのHSSTで、都市交通としては唯一のHSSTです。
 HSSTはJRさんのリニアと混同されがちですが、最高速度、浮上高さなどに違いがあります。最高速はHSSTが時速100km、JRマグレブとトランスラピッドは時速300kmです。浮上の高さはHSSTが0.8cm、JRマグレブは10cmです。
 HSSTの特徴をまとめると、時速100km程度の都市交通システム、騒音や振動が少なく環境に優しいシステム、常電導吸引式の実績あるシステム、ということになります。

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2005/06/25

万博大学第8回講義ノート「森と人間」C.W.ニコル氏

  万博の会期折り返し地点の今日はC.W.ニコル氏。いつになく詳しい講師紹介はアファンの森のサイトからだろうから、そちらを見ていただきたい→ニコルの経歴   

 赤ら顔のニコル氏は終始笑顔、すこし頼りない面もある日本語で、それでもユーモアたっぷりに、熱く語ってくれた。

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2005/06/23

ネット予約その2

 万博のネット予約はFAQのぺ-ジもできたし、多少親切になったような気もするが、つながらないことには変わりがない。日立館が取りたくて昨日は30分格闘した。今日は予約日が土曜のためか10分で売り切れ。早く売れちゃった方があきらめも早くつくけど・・・。夏休み中が大変そう。

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万博のごみ分別その2

 万博では生ゴミもリサイクルしていることを初めて知ったが、PR不足でリサイクル不能の異物が混入しているという。PR不足もしかりだが、分別の仕方に問題ありだと思う。ひと月ぶりに出かけた万博では、ゴミステーションごとに指導員?がいるようになった。が、どこまで機能しているかは疑問だ。分別不能のゴミがある。不燃物ゴミの箱はない。分別によってどんなふうに資源となるかも表示した方がいい。

シーン1:ポップコーンを食べた後、最後に父が「はぜていない」トウモロコシを紙カップにぺっぺした。それを持ってゴミステーション前に行き、まず中の食べ残しを「燃えるゴミ」に空けた。瞬間、そこにいた係の方は私が紙カップをゴミにすると思って構えた。が、紙のカップは「紙コップ」箱行きとなり、やれやれの模様。あのとき、そのまま全部「燃えるゴミ」行きにしたとしたら、係の方からなにかコメントはあったのだろうか。捨てた人へのご指導は?
シーン2:焼きそばを食べた後、輪ゴムの処理に困った。資源とならない不燃物のジャンルはないのである。同様、アルミ箔などはどうしたらいいのだろう。
※7月1日追記
不燃物については、よく見たらボックスの半分が別のもので半分が燃えないゴミに分類されていた。
私のように注意力散漫な人間には容易に発見できない。

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2005/06/22

見ちゃ飲み、の万博

 21日は4度目の万博。またも両親と一緒だから、ゆっくりのんびり食べてばかり、の楽しみ方である。といってもたっぷりの9時間。我ながらご苦労様である。
 出発は11時。長久手南の駐車場に入れる前にまずは喫茶店で遅いモーニングコーヒー。着いてすぐは南太平洋館。この間も行ったんだが、スタンプ帳にしていたノートを置き忘れた父が、新しいスタンプ帳に押印するためである。スタンプに執着する父に、大阪万博の時の私を見る。続いてオーストラリア館。並んでいたので展示は見ず、レストランのみ利用する。ワニロールがお目当てである。ほかにエビとビーフ、当然ビール付きである。初体験のワニ肉はごくごく淡泊な味で、父は魚のようだと評したが、私は焼きすぎたささみみたいと思った。食べたりなかったのか母はポップコーンを買う。

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2005/06/12

万博大学第7回講義ノート「人間再発見・情報に踊らされる人、情報で踊らせる人」藤本義一氏

 今回は万博大学で初めての文系の講義。また初めての関西弁の講義。先生は生徒を笑わさねばならないというだけあって、ユーモアたっぷり、テンポの速い関西弁で語ってくださった。辛口のお話を、どこまで再現できるか、今回は課題が過大かも?

 僕は就職をしたことがない。いまでいうフリーターをずっとやってきたようなものですが、自分で情報源を探っていったらこういう生き方になりました
 戦争が終わったのが12歳の時。商人だった父は45歳ですべてを失い、神経衰弱(いまでいう、うつ病)と結核と拒食症を患って入院しました。母もジープではねられて外科に入院。12歳の僕が入院費をかせがねばならん。ヤミ市からヤミ市へ情報を流すような仕事をやっていました。それである時気づいたんですな。生まれたのは自分の意思じゃないが、生きていくのは自分の意思だと。12歳の時ですよ。
 翌年父は隔離病棟から開放病棟へ移されました。僕はヤミ市で手に入れた毛布と角砂糖を持って病院に行きました。1年半ぶりに会う父になんて言おうか、「お久しぶりです」というのも変だし「お元気ですか」というのも変ですね。ところが父はベッドの上に正座して両手をつき「子不幸ですまん」と言うたんです。親子二人の体重が合わせて64キロ。そんな時代だったから僕は仕方ないと思いましたね。そして、父は僕に大学に行ってくれと言うんです。「頭という金庫の中に学問という財産を入れて、自由に運用していってくれ」というんです。うまいこと言うなと思いました。おまえに渡すものは何もなくなった、つまりもう失うものは何もないから自由にしていいぞということだったんです。
 父は大学を選ぶにあたって3つの条件を示しました。まず、授業料が安いこと、次に先生が多くて生徒が少ないこと、3つめに自転車で通えること。これに合うのは大阪市立大学しかありませんでした。授業料は月400円。国立が月500円でしたから国立より安い学校でした。
 合格を父はとても喜んでくれました。そして今度はなりたい職業を1日で考えてこいと言われました。10代では1日で決められることを20代になると1月かかる。30代なら半年、40代なら1年、50代だと5年かかる。それで困った。経済学部だから社会の教員の資格が取れる。「中学の先生になる」と父に言ったらほめられました。元手がいらんということで。
 ところが僕は卒論に「日本の雇用問題」というテーマをやっていたんですね。日本にあって世界にないものを探った。それで絶望的になった。まず「定年」の問題。そのころは「停年」と書いたんですな。陸軍省で使ってたのを八幡製鉄がまねした。停年55歳。情報は探らないといけません。いつからかと探っていったら戦前でも55歳。大正時代でも55歳。一番古いのが明治34年の文書にあって、やっぱり55歳だった。このときの平均寿命は42.8歳。ということは今の78歳なら停年は96歳くらいじゃなきゃいけない。
 次は「ボーナス」。これは外国から来たものかと思っていたら日本だけのものだったんですね。もともとはギリシア語で、「ボー」は「丸裸の」、「ナス」は「ビーナス」。古代ギリシアで、よく頑張った奴隷にご褒美として酒と肉と裸の美女を与えたことなんです。
 それから「手当」。手当ってどんな意味ですか。傷を手当てすることでしょう。会社が従業員に面倒見てやるぞと脅迫を与えて仕事させてるようなもんです。こんな卒論を60枚書いたら、日本の資本主義に絶望してしまいました。情報分析して、人生は損だと思ったんですね。
 それで、やりたいことをやろうと思ったんです。いちばん好きなのは映画でした。映画の世界に生きようと思ったんです。そのためには文章が書けることを証明しなければならない。それなら懸賞募集に入選するのがいい。大学4年の1年はラジオドラマの懸賞小説を書くのに費やしました。入選するために、世界でまだ書かれていないものを書けばいいと思いました。調べてみると、お腹の赤ちゃんのモノローグはまだ書かれていない。それで「胎児冷笑」を書き、NHKから5万円をもらいました。今のお金で500万です。それから移民船を題材に「つばくろの歌」を書いて20万もらいました。大学を出る前の1年半で今の価値で3000万くらい作ったことになります。忙しかった。でも楽しかった。最高でしたね。若い頃は睡眠時間が3時間しかなくてもがんばれますね。
 情報を集めて、そこから抜けているものを探す。あるいは不思議だなあと思う部分を徹底的に追求する。それを自分のものにすることで、自分から情報発信することができます。そうやって新しい自分の生き方が見つかります。いまの若い人達がやらないのはなぜでしょう。10代にはやりたいことがたくさんあるはずです。それなのに携帯電話で話してる話題はどうでもいいことばっかり。アホか!と言いたくなる。猫犬以下の人間関係やね。電子手帳、あれも馬鹿か!やね。情報過多による情報ロスってやつ。自分を見失っとるね。親も甘いね。何とかなると思っとる。何ともならんぞ。
 僕には懸賞小説でライバルがいました。井上ひさしというやつです。(上智大学、学生)とあるのを見てライバルや思ったね。あとで会ったとき、お互いに相手をでかいやつと思っていたら二人とも細いやつだったけどね。情報を得るにはライバルは作った方がええですよ。同僚はだめだね。同時代の川の中に立つのがライバル、対岸に立つのはライバルでないね。
 映画の世界に入って、はじめは使い走りでした。それでもジャンパーの胸ポケットに箸を2本入れており、食堂で相手のおかずをつまみながら、ゴダールはどうした、ジャンギャバンがこうしたと話をするのが楽しかった。あるとき、壁にピンで留めた紙切れに「意志強く、酒・女を好み云々」という者求むという募集が出ていたんですね。川島雄三監督でした。同僚に「殺されるぞ、やめとけ」と止められたけれども飛び込んでいきました。川島監督は、僕に「プロとアマチュアの違いは何か」と聞きました。僕は「嫌いなことでもするので好きなこともうまくできるのがプロで、嫌いなことをしないので好きなこともうまくできないのがアマチュアです」と答えたら、肩でふっふと笑って「採用」と言ってもらえた。監督が37歳、僕が22歳でした。あるとき監督が背広を脱ぐと背広が棒のようになって、監督はふにゃふにゃとなってしまった。監督は筋萎縮症だったんですな。  
 人生は公式だって考えるといいですね。10年単位で名前を付ける。10年単位で変貌する。僕は20代を「花粉の時代」と名付けました。どこへ行くかわからないから。さらにそれを2年半ずつ四つの季節にわけてみました。春は情報を集め、夏は芽が出て、秋には刈り取り、冬は本にして出版する。30代は鱗の時代。体についている鱗・・・親や女房や地位なんか、を守る時代。40代は苔の時代。50代は器の時代。流れ込んでくるのをまとう。学校を作りました。60代は風の時代。再び花粉を飛ばす時代です。70代は田植えの時代。こういうのを僕は誕生日にウイスキーを1本飲みながら考えます。自分がこうありたいというのが情報の根源です。上の娘にやらせたら、10代はほほえみの時代だと答えた。下の娘は紙風船の時代だと。誰かに息を吹き込んでもらって軽やかに空を飛びたいと。都合のいいこと言うなあと思ったけど、ほんとに娘はそうなっているんですね。


 自分が他と違うことに自信を持たなければいけませんね。考えるのは大脳がやるんですが、右脳から左脳へ通って表現として出てくる。こんなことをやっているのは人間だけなんですね。
 思考能力の薄い人、右脳のない人はだいたいこんな人ですわ。5原則。まず、過去を懐かしむ。人の悪口を言う。愚痴を言う。集団で行動する。パック旅行なんてほんまにあほや。それから苦労したという人。
 親孝行したくないけど親がいて・・・親の苦労は自分で言っちゃったら駄目だね。側面から、おじさんとかに言わせなきゃ。情報は直線的、公的なのは駄目だね。
 人間としての情報発信とは何か、よく考えた方がいいですよ。特にマスコミに行こうとする人は。大きな器の中で、ゆるやかな融合性を持つのがいいね。脳と心は一体だね。右脳が動いているかテストしてみましょう。男という字はどうやってできましたか。誰も考えてないね。だいたいものを考えるときは首が動くもんですな。待つ情報は駄目ですよ。男というのは考えてから行動するという意味の文字なんです。女という字は両手の交差した動きを表しています。
 言葉には3種類あります。
 事実、これは左脳だけ使う言葉。人の顔色が悪いと思ったら「顔色悪いなあ」と事実だけ言う言葉。これは気分悪くなるね。こういう言葉しか言えんやつは哀れんでやった方がいいね。
 虚構、これは右脳も使っている。「俺の顔色どう」と聞いてみる。情報の交換だね。情報が潤沢に広まる。
 嘘、これは相手には何も言わないかわりに、相手のいないところで「あいつはもう駄目だ」なんて言うやつのことだね。
 4つの子どもが「ねえねえねえ、パパとママはどうして結婚したの?」と聞いてきたら、虚構で答えるのがいちばんいいね。「坊やみたいな元気な子がほしかったから」と答えてみなさい。子どもがどんなに喜ぶことやら。「パパがどうしても結婚してくれって言ったから」なんて嘘で答えてはいけないね。深刻は駄目だけど、真剣に話すのがいいね。自分の情報を発することによって、自分が生かされてくる。人間と人間の心が通いあうこと、これが最高の財産ですわ。
 それから次元(禁句)。疲労の言葉は言っちゃいけない。「あー疲れた」「あーしんど」というのは伝染します。「はよ寝ろ」といって寝たあげく翌朝寝過ぎてまた頭がぼけてる。犬が言葉を持ってこう言ったらどうします。「あー暑、暑。たまりませんなあ。」

(お断り)この講義ノートは私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。また、変な関西弁があるかもしれません。その点をお含みの上お読みくださり、間違い等があればご指摘をお願いいたします。

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2005/06/05

万博大学第6回講義ノート「ナノテク~技術を越える技術~」遠藤守信氏

 カーボンナノチューブの第一人者遠藤教授の講演を抄録する。
 
 20世紀はすばらしい技術進歩の時代でした。「技」という字は手へんに支えると書きます。人を支えるものが技術ですが、その恩恵を通り越して環境問題等が起こっています。21世紀は人のためになる、人に優しい技術の時代にしたいです。その「技術を越える技術」がナノテクです。
 「ナノ」とは1mの100万分の1の大きさです。ナノカーボンは炭素原子からできていて、サッカーボール型だったり、かご形だったり、筒型だったりします。素材として代表的なのは、炭素でできた細い筒、カーボンナノチューブです。 
 NASAにスペースエレベーターという計画があります。大西洋上のいかだから宇宙ステーションへ電力等を供給するためのエレベーターを作ろうという現代版ジャックと豆の木みたいな話ですが、カーボンナノチューブによって実現が可能とされています。できるはずがないと思われるかもしれませんが、ケネディが月へ人間を送ると言ってできるはずがないと思ったものでしたが10年もたたずに実現しています。また、カーボンナノチューブを使ったピラミッドのような建築物も考えられています。これは高さ3800m。いずれも夢のような話ですが、不可能にチャレンジして新技術を生み出すというか思いが大切です。
 経済のサイクルと科学技術の関係を、コンドラチェフが指摘しています。新しい科学技術が生まれるとき、経済は大きく発展します。最初は蒸気機関、次は半導体やコンピュータが景気を支えました。今は買いたいと思うような新しいものがありませんから景気の停滞が起こっていますが、やがてナノテクの時代が来ます。
 日本では90年代以降空洞化が進み、電機業界でも雇用者数が激減しました。15歳から24歳の若年層では4人に1人が無業者ですが、空洞化で魅力的な職場がないことも原因の一つかもしれません。失業率は4.4%、今後倍増する可能性もあります。世界の電子工場と呼ばれた日本も、部品・製品とも対米輸出に変わって対中輸出が伸び、今や中国がアメリカへ大量の製品を輸出しています。世界に貢献する日本をどう作るかも課題です。
 
 世界初のコンピュータ「エニアック」は18000本の真空管を使い、2tトラックほどの大きさのものでした。スピードも遅かったのですが、それでも大砲の弾が到着する前に大砲の弾の到着地点を計算できたと賞賛されました。技術開発のスピードは加速化しています。5,60年前のエニアックと今のコンピュータを比べると、記憶容量・計算速度で100万倍速く、値段は1000分の1になりました。
 しかし、半導体の限界が近づいたとも言われています。半導体の集積度が18ヶ月で2倍になるのをムーアの法則といいますが、2010年が限界といわれています。コストも限界です。シリコン基板は、シリコンインゴットをスライスして作りますが使用するのはわずか4000分の1。超純水も大量に使い、資源とエネルギーの無駄遣いといわれています。
 20世紀の技術は限界に来ています。今までの技術の延長では、かつて経験したことのない滝にさしかかっているといっていいでしょう。技術変革、イノベーションが求められています。新しい原材料、ナノマテリアルズ・イノベーションです。
 イノベーションという言葉を最初に使った政治家はクリントンでした。彼は、本当の意味でのモノづくりに舵を取り直すことを掲げ、NNIを発表しました。ブッシュはそれを受け、ナノテクは2050年頃には巨大な産業分野になり、1兆ドル規模の市場となるだろうと述べています。経団連は日本のナノテク市場を30兆円と予測しています。
 
 ナノとは、ギリシア語でこびとです。ナノメータとは100万分の1ミリですが、具体的に示してみましょう。地球を10億分の1(10の8乗分の1)の大きさにするとサッカーボール大になります。サッカーボールを100万分の1(10のマイナス8乗分の1)の大きさにしたのがナノです。
 物理学者ハイマンは「物質の極微の底には多くの未知で魅力の世界がある」といいましたが、ナノテクはまさにその世界です。nmスケールの科学と技術は、従来のものとは別の異次元の世界です。ナノスケールによる新しいパラダイムはたとえばこんなものです。
 トランジスタは100万個の電子が動いてスイッチを1回on/offします(講義では図が動くスライドでの説明のため、大変にわかりやすかった)。ところが同じものをナノテクで作れば、たった1個の電子でいいのです。消費電力は数万分の1と格段に安くなります。これを使えば、パソコンも数年に1度の充電ですむようになるでしょう。
 また、ナノの世界では、接触それ自体が機能を持つようになるため、異なったさまざまなプロセスが可能になります。20世紀の概念では接続は固定ですが、ナノは多重接続なのです。音を検出する装置に使えば、より敏感に(小さいものをより小さく、弱い信号をより弱く)検出できるのです。これを鼻の機能を調べるのに使ったりもできます。 ナノテクでカプセル内視鏡がすでに生産され、飲み込み型の胃カメラとして実用となっています(商品名NORIKA3)。
 ナノメータになると生命観と物質観が合体できます。カーボンナノチューブの直径は約2nm。これはDNAの直径とほぼ同サイズなのです。
 ナノテクは、より自然に近づける、より自然になる技術です。化学、物理学、生物学のすべてを扱える技術です。
 ここで前半のまとめをします。ナノは、ただ小さいというだけでなく、そこには異次元の世界が拓かれる。そしてナノテクノロジーは将来の人工的技術をより自然なものへと進化させるものである。
 
ナノによる新しい戦略は、自然な方法なのです。 
炭素は昔から文明の利器でした。16世紀、天然のグラファイトに糸を巻いた鉛筆は、船でもインクがこぼれる心配なく文字が書ける優れた道具でしたし、その後のケスナーの鉛筆も知られています。エジソンは京都の竹を焼いた炭を電球のフィラメントにしました。宇宙時代に入り、ロケットの素材にカーボンファイバーが使われました。
 ナノテクを先導するカーボンナノチューブ(CNT)は、飯島澄男氏が1991年に発見しましたが、量産化の方法は私のフランス時代に見つけました。図にすれば鉄の玉が炭素の筒をのばしていくのですが、これは偶然に見つけました。当時基盤を磨くのに茶色のサンドペーパーを用いていたところ、たくさんのカーボンナノチューブができていた。ところがある日できなくなってしまった。その原因が黒いサンドペーパーだったのです。黒いのを、残っていた茶色いサンドペーパーの端切れに変えたら、またカーボンナノチューブができたのです。茶色のサンドペーパーに含まれるのは酸化鉄、黒い方はシリコンカーバイドで、このことで鉄の役割を見つけたのでした。「幸運の女神は準備されたところにやってくる」(パスツール)と思いました。この方法を種まき方と名づけ、その後量産を可能にする浮遊種まき法に発展させました。ゲーテはこう言っています。「発見には幸運が必要であるが、発明には知性が不可欠である。」(筆者注:このあたり、独立行政法人 物質・材料研究機構の遠藤氏インタビューに詳しく書かれている。)

 カーボンナノチューブは、炭素の筒にねじれをかけて作りますが、ねじれの度合いによって電気的特性が異なります。たとえば銅の性質を持つCNT量子ワイヤーは銅の10倍以上によく電気を通し、重さは銅の6分の1です。さっき見たスペースエレベーターのために、今年4月に発注したといいます。スペースエレベーターは実現する可能性のあるものなのです。
 カーボンナノチューブを利用したもの一つに、1980年代後半からのリチウムイオン電池があります。電池は-極にカーボンが使われていて、これがアコーディオンみたいに伸び縮みすることで充放電を繰り返すのですが、そのうち伸び縮みしなくなって充電不能になります。ところがCNTを使えば充電容量が700回も落ちないんです。いま、高性能なリチウムイオン電池のほとんどに遠藤チューブが使われています。
 では、鉛電池は。こちらは製品になって120年ですが、性能は5倍にしかなっていません。ところがこれもナノチューブ入りなら寿命は2倍になります。でも売れない。電池メーカーさんがつぶれちゃいますから。それでも環境保護のため上高地のハイブリッド・ディーゼルバスで採用されるなど、追い風の状況になってきました。
 カーボンナノチューブの割れない性質を利用して、携帯電話のデジカメ部分のレンズケースにはCNT入りの樹脂が使われています。樹脂入りのCNTは自動車のリヤウインドや外国では車体にも使われ出し、軽量化による燃費向上を果たしています。
 CNTはゴルフクラブにも使われています。ミズノのNP001のシャフトです。10ヤード余分に飛びます。遠藤チューブをよろしく(笑)。
 世界最大の旅客機エアバスA380にも、2006年から、どことは言えませんがあるところにCNTが使われることになっています。 
 銅の5倍の熱伝導率を利用して、高速で走る列車等にCNTが使われだします。たとえばカリフォルニア・東京間を1時間で結ぶオリエント・スーパー・エクスプレス。マッハ5の飛行機です。さらにNASAのスクラムジェットは、2050年頃の予定ですが、ワシントン・東京間を45分で結ぶマッハ10の飛行機です。これらもどことは言えませんがCNTが使われることになっています。
 医学分野でもCNTが活用されます。世界一細いカテーテルはCNT製の直径0.53ミリ。細いだけでなく血栓が付着しないため、肝がんや脳疾患の治療に期待されています。
 チューブではなくカップスター型の素材では、ソニーのスピーカーコーンに用いられて、人体に聞こえない低音を出すそうです。聞こえない音を再現することで、よりコンサートホールの世界に近づけます。
 自動車用の燃料電池は2010年頃実用化されそうです。
 二層カーボンナノチューブは、圧縮に強いという特徴があり、飛行機などに使われます。また、2層チューブに熱を加えてくっつける「溶接」もでき、期待されています。ただ、いよいよ遠藤チューブの大量生産が始まって儲かるかというと、残念ながら特許が切れてしまっています。
 
 ナノはミラクルです。人は身長の6倍の速さで走ることができます。馬は体長の10倍、チータは20倍です。しかしCNTの延びる速度は触媒粒子粒の8000倍。高速の生産が可能です。
 技術は人を支え、助ける手段です。21世紀は真の技術の世紀---人類の英知で創生する愛・地球博が、技術新世紀の新しい幕開けとなることでしょう。

(お断り)この講義ノートは私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。また、できる限りオリジナルの講演で使われた表現を再現しようとしているため、かえってわかりにくくなっている面があるかもしれません。その点をお含みの上お読みくださり、間違い等があればご指摘をお願いいたします。

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2005/06/03

エコマネーをもっと

 EXPOエコマネーをご存知だろうか。かくいう私も2度目に会場に行って初めてパンフを手にとってその存在を知ったので、とにかくPR不足であるのには違いない。
 エコマネーとは、環境に優しいエコ活動をすると入場券の内蔵ICチップに「エコマネー」がたまるシステムで、会場外でもレジ袋を断ったりするとポイントが稼げるしくみになっている。たまったポイントは懸賞に応募したり、環境を守る活動に寄付したりできる、なかなかよい試みである。
 しかし、である。愛知万博の入場者数612万人に対し、エコマネーをもらったエコ市民はわずか6万人。万博入場者のたった1%である。これからでも遅くないから、ゲートでリーフレットを配るとか、エコ市民を増やすことを真剣に考えてほしい。愛・地球博はたくさんの反対を押し切って開催しているのだから、経済効果より何より地球を愛する人を育てたという効果を生み出してほしい。
(注)エコマネーセンターの来場者自体は14万人を越えているらしいので、エコ市民6万人というのは解せないのだが、仮に多い方だとしても来場者から見た割合はわずかだ。

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2005/05/21

万博大学第5回講義ノート「機械論的世界観からの脱却~生命誌の視点から」中村桂子氏

 JT生命誌研究館長の中村佳子氏の講演を抄録する。

 愛知万博のテーマは「自然の叡智」ですけれども、70年の大阪万博のテーマは覚えていらっしゃる方ありますか。学生さんたちは生まれる前の話ですが。そうです。「人類の進歩と調和」でしたね。今の万博の目玉はマンモスですが、あのときは「月の石」でした。科学技術が礼賛された時代ですが、すでに「調和」というテーマに気づいていた。水俣病や四日市ぜんそくなど環境問題が顕在化していたからです。
 振り返ってみると、我が国では、明治時代はヨーロッパに学び、富国強兵への道をたどりました。第2次大戦後、敗戦後は、アメリカに憧れ、民事事業による経済的成長と豊かな生活を実現しました。1970年代になり科学技術の問題点が顕在化、すなわち科学技術が巨大化し、ブラックボックス化し、安全性が疑われ出したとき、どこにもお手本がないことに気づいたのです。これからは日本が、こんなふうにしようよとお手本を示す時代です。21世紀へ向けての新しい科学技術を組み立てていかねばなりません。
 
 さて、「自然の叡智」って何? ということを考えてみたいと思います。自然はずっと昔から存在しています。調べれば調べるほど「叡智」と呼びたくなるものがあります。宇宙ができてから137億年、地球ができてから45億年、生命が生まれてから38億年、ずっと続いてきたのには何かがあったはずです。それを人間がどう見て、どう生かしていくかが課題です。
 考えるヒントとして、ブリューゲルの「楽園」という絵を見てみましょう。ここにはたくさんの動物が描かれています。ここに描かれている人間は、ムチでらくだをたたいて、自分の思い通りに動かそうとしています。ここではすべてを支配するのが人間の叡智です。
 それからこれはペルーの人が描いた絵です。森の中にはたくさんの動物がいます。ここで人間は森の神様から、ほかの生き物と一緒に森で暮らしていこうという通達をもらいます。
 では、日本の絵で、たくさんの動物と人間を描いたものはないか。探したけれどないんです。日本人が描くと人のいない自然になる。釣り人をちょこんと描いたような絵はあっても、生き物と人間との大きな関係を描いた絵はないんです。その中で選んだのが、この絵です。伊藤若冲の「池辺群虫図」(筆者注:アートボンさんのHPに図がありました)。これは池の周りを描いたもので、人工的だけれど全体としてはそれぞれがちゃんと生きている、幸せな暮らしを描いています。
ヨーロッパの絵では人間は環境を崩す存在として描かれています。ペルーの絵は自然と共存する存在になっていますが、60億の人間が生きるのは難しい。そこで、人工的だけど全体として・・・ということが組み立てられたら、日本人らしい問いかけになるのではないかと思っています。  
 これは、「機械」と「生命」の特徴を表にしたものです。
 
    機械  生命 
  -----------------
    進歩   進化
  -----------------
    効率    過程
    均一    多様
    量     質
  -----------------
   閉鎖系  開放系
   部分    全体
   合理    矛盾
  -----------------
   構造    歴史
   機能    関係
  -----------------
   還元    総合
  
 自然をこのままにしましょうといっても、実際にはできません。自然は動くもの、生きていて、変わるものです。いま地球上には5000万種類の生き物がいます。自然が求めるものは進化です。それは一つのものを目指して皆がそれに合わせるのではなく、多様化してそれぞれが質を高めるということです。たとえばヒトがいちばん優れた生き物として生物みんながヒトになろうとするのではなく、ヒトはヒト、アリはアリとしてそれぞれが質を高めようとするのが進化です。
 自然は過程を大事にします。機械は効率を大事にします。メーカーは早く作ろうとします。そういう視点からいえば、生き物も生まれてすぐ死ねば効率的です。ところが毎日毎日泣いたり笑ったりして生きている。無駄ですが、生命はプロセスを大事にします。お米は1年に1回しか穫れませんが、収穫を縮められません。私たちが子供を育てるとき、機械のように接していませんか。あれもこれも早く早くと言っていませんか。

 これは「生命誌絵巻」です。私が頼んで描いてもらった図です(筆者注:財団法人塩事業センター主催の中村佳子氏講演録に画像があります。今回の講演内容とも主旨が同じですから一読されることをお薦めします)。扇の縁には今生きている生きものが描かれており、下の方にはその生きものの祖先が描かれています。
 生きものはすべて細胞からできています。どんなに人間によく似たロボットができたとしても、ロボットは細胞でできていないので生き物ではありません。細胞の中にはゲノムがあり、それによって生き物の性質が変わります。これは大腸菌の顕微鏡写真です。菌の周りにたくさん出ている糸のようなものは、大腸菌のDNAです。よく見ると一本の糸になっています。この中に遺伝子が入っています。生き物には細胞が一つだけのものもありますが、たくさんのものもあります。生き物が生まれてからの38億年の間に、いろいろな細胞が生まれ、いろいろな生き物が生まれ、自然の叡智と言われるいまの状況ができました。いまの自然はどうやってできたのか、自然の本質はなにか、そういうテーマを38億年の流れの中で考えるのが生命誌です。扇の縁に次に来るものが、38億年の流れを変えるものであってはならないはずです。
 生物学をやっていると、みんなそこに戻るような「スタート地点」の存在に気づきます。生き物はすべて、たった一つの細胞(1個という意味ではなくて1種類ということですが)で始まりました。わんちゃんも熊さんも私たち人間も同じところから始まったのです。あなたのゲノムの中に38億年の歴史が入っています。ゲノムの解読は38億年の歴史を知ることです。キノコも途中までは動物と同じ道をたどってきました。むしろ植物より動物に近いところを来たことがわかっています。こんどシメジを食べるときに思いだしてみてください。
 科学技術文明の見直し
nakamura

(中村氏のスライドのメモ;下手ですみません)
 これは私が考える世界です。人だけが二つの世界を作っています。科学技術を作り出す人間でありながら、自然の一部であるヒト。しかし人間が作った科学技術が、自然を破壊し、ヒト自身の内なる自然をも破壊しているようにに思われます。内なる自然の破壊は、たとえば食の安全性であったり環境ホルモンの問題であったりします。
 「便利」とは思い通りになること、早くできることです。それは効率を重視します。しかし生き物は早くできません。桃栗3年柿8年というし、促成栽培の朝鮮人参は形は同じでも成分は違います。思い通りにならないから、思いがけないことを楽しめるのです。それはプロセスを楽しむことです。日本はいまでは世界一自給率の低い国になってしまいました。砂漠であるならいざ知らず、お日様の光と水、空気、適切な気温の変化、すばらしい土があるのに。土はミミズが作ります。土には生き物がいっぱいいます。この日本でなんで農業やらないのでしょう。
 生命誌が私の仕事ですが、そのわきで私は農業のお手伝いをしています。農業高校の学生はたいへん活き活きしています。
 自動車をつくるには設計図と部品がいります。我々は思い通りに、早く作れます。しかしコメをつくるのは設計図と部品ではできません。イネを「育てる」んです。くるまを「作る」のとは違います。そして子どもを「つくる」、これは子どもが「生まれる」んです。「恵まれる」んです。「作る」とは別の発想が含まれるんです。
 ドリーは、ほ乳動物ではじめて生まれたクローンです。クローンの研究は「生き物」をつくろうとしてやっているのではありません。単にゲノムを卵に入れただけで、技術の開発です。そしてこの後わかってきたことがあります。遺伝子は2つで対になっていますが、父親から来たものは1回卵を通ったときある目印が付けられます。インプリンティング--刷り込みといいますが、父親から来たものでなければ働かない遺伝子、母親から来たものでなければ働かない遺伝子があることがわかってきました。受精を通らないと駄目なんです。このインプリンティングが行われるのはほ乳類だけです。ドリーは一見羊ですが、生き物としては多分うまく働いていないところがあったようです。生き物にはプロセスがとても大切なのです。プロセスとは一言で言えば時間です。生き物を大切にするとは、時間という問題をみんなで考えることです。
 最後に「愛づる」という言葉を紹介します。平安時代に書かれた「堤中納言物語」に「虫愛づる姫君」という話があります。このお姫様は毛虫を飼っていて、周囲は気味悪がるのですが、「じいっと見てごらんなさい。この毛虫が蝶々になるんです。蝶々の美しさの本質は全部この中にあるのよ」と言うのです。本質が見えたときにすばらしさが見えてくるから大事にする、それが愛づるということです。600年前の日本にこんな考え方が生まれていたのです。自然の叡智というとき、底には必ず愛づる気持ちがあります。この言葉を持っている日本人には、池辺群虫図に見た、生き物の一つ一つが楽しそうに暮らす世界をつくる知恵を発信できるはずです。
 虫愛づる姫君は、眉は剃らず、お歯黒はせず、耳かけの髪の、という当時では常識はずれのなりをしていました。言葉だけでなく、態度でもナチュラリストだったんですね。
 21世紀の暮らしやすい世界をつくる力は日本人がいちばん持っている、と思いながらものを考えていこうではありませんか。

 今回は質問者がなかったので、JT生命誌研究館の紹介をしてもらった。
 いらしていただくのを原則にしているんですが、少しご紹介します。生命誌研究館は「Biohistry Reserch Hall」です。生命誌はBiohistryです。Histryをギリシア語辞典で引くと三つの意味があります。一つは、探求する。足跡を追いかけるのが元々の意味です。二番目は、記す。書き記すことです。そして三番目に歴史。「誌」という文字を使ったのは、みんなで生命の物語を作ろうという意味です。Hallはコンサートホールのイメージです。芸術は一流の曲を一流の演奏者がやっているところに一般の人が来る。なのに科学は一般の人が来られない。一流の研究を一般の人に見せたいという気持ちがこもっています。
 生命誌研究館は高槻にあります。ぜひ一度いらしてください。
       
 
(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。今回は迷った末、話し言葉にしてみました。しかし、逆に言い回しが気になりました。語尾まではメモにないので、もしかしたらニュアンスの変わってしまったところがあるかもしれません。

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2005/05/17

モリゾー&キッコロ

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瀬戸会場で見つけたモリゾー&キッコロ。くらげねこさんの撮ったのよりやっぱりぼっさい。さくらさんの撮ったのと比べてはどうかしら。

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こんなのもありました。

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2005/05/14

万博大学第4回講義ノート「どこでもコンピュータの時代」坂村健氏

 ユビキタス、TRONの坂村教授の講演を聴く。

 マイクロプロセッサは、世界で年間83億個生産されている。うちPCやWSに使われるのは約1.5億、わずか2%にすぎない。残りはすべて組み込み用途である。組み込み用のマイクロプロセッサは、デジタルビデオ、レーザープリンター、FAX、携帯電話、自動車のエンジン制御など、広範なものに使われ、「小さく、見えなく、軽く」を目指して進化してきた。「速く、大きく」のPCのマイクロプロセッサとは全く別の流れである。そして組み込みシステム中6割にTRONが使われている。TRONは組み込みシステム世界No1シェアを持っているのである。
 TRONとはThe Real-time Operating system Nucleusの略であり、リアルタイムに動くところが特徴である。TRONの研究を20年前から進めてきたが、研究開発においては「何のために」ということが重要である。また、コンピュータの利点は汎用(=何にでも使える)である。坂村氏は最初から「すべてのものにコンピュータが組み込まれる未来」を想定していた。そのためにはどうすればいいか、どんな研究を行えばいいか、というテーマからプロジェクトを進めてきた。コンピュータを何に使えるかを、商業ベースではなく(否定するわけではないが)、人間のためのコンピュータとはどんなものかを追求してきた。
 たとえばキーボード。歴史から調べて、今ある形が人間のために作られたものでなければ、作り替える必要がある。今一般に使われているキーボードはタイプライターからキーボード配列を受け継いでいる。最初は最も速く打てる配列だったものが、速すぎると絡まって不具合が起きるためわざと配列を変えたという経緯がある。ならば一から人間工学の知見をすべて入れて作ろうとしたのがTRONキーボードで、日本語には漢字があるためマウスよりも入力に適した電子ペンを加え、パームレストの役割も持たせた形状にしている。またTRONコードによる多漢字対応も果たした。こんな研究を20年も前からしていたわけで、今では当たり前のラップトップコンピュータもそのころに発想していた。
 坂村氏は「未来をデザインする」ということを熱心にやってきたわけだが、それを目の当たりにすることのできるモデルハウスをトヨタが公開中である。万博会場西、トヨタ博物館前の未来住宅「PAPI」である。坂村氏の設計による200坪の未来住宅は、工場で作ってそのまま運ぶため、箱形である。外壁は再生利用を考慮したアルミとガラスで作られ、光触媒コーティングされているから掃除の必要もない。住宅内には1000個のコンピュータが使われており、壁にスイッチ類はない。人が動いたり声をかけたりするとセンサーが働いて動作する仕組みだ。コンピュータと交信するのはユビキタスコミュニケータ(後述)。冷蔵庫に何が入っているかもこれでわかる。生体センサを身につけて眠れば、浅い眠りと深い眠りの状態を識別して、浅い眠りの時に起こしてくれるなどということもできるだろう。寝室は「パニックルーム」となっており、外部からの進入者があった際などに外部を遮断して閉じこもることもできる。車庫にはハイブリッドカー用の充電装置があるが、停電時には逆に車のエンジンをかけて発電し、家の中に電気を取り込むこともできる。車での発電による電力量は36時間分。これを超えたときは暖炉に火を点してしのぐ。水がなくなったらプールの水を浄化して使う装置も付いている。ヤマハとの共同開発によるホームシアターや茶室も作ってある。インターネットで予約できるので、ぜひ見てほしい。
 ところでユビキタスとは「どこにでもある」という意味である。ユビキタスコンピューティングとは「どこでもコンピュータ」、具体的には現実の生活環境の中にコンピュータを大量に組み込んでネットワーク化し、それらが相互協力することで人間に快適なくらしを実現することである。
 ICカードはコンピュータとアンテナが入った非接触カードである。20年前はカードサイズのシートだったが、小さくなって万博入場券では棒状のものになっている。もっとも入場券ではコンピュータはメモリ部分だけだが、それでも128ビットの情報が入っている。アンテナは、コンピュータを動かす電力を電波で受け取るためのもので、コンピュータの中にある情報を返すのも電波を使って行う。この技術はRFID(Radio frequency identification)と呼び、意外に長い歴史を持っている。研究は1940年代に始まる。当初は軍事利用である。レーダーはこの時代すでにあったが、飛んでくる戦闘機が連合軍のものかドイツのものかを区別する必要があった。そこで電波を送って反応するものを味方機だと識別するシステム「IFF」(敵味方識別装置)が開発された。大戦後は核拡散防止のための核物質の管理方法が研究され、75年にRFIDタグが完成した。研究機関ロス・アラモスは77年にその技術を一般開放された。このとき、RFIDの会社が2社創業された。
 RFIDは過去何回か盛り上がり応用の広がりが期待されたが、マイナーな存在だった。しかしここに来てユビキタス・コンピューティングとして注目を浴びている。RFIDタグは知らない間に(もちろんそれに携わっている人たちは知っているが)わずか直径4ミリにまで小さくなった。どこでもコンピュータを可能にする小ささである。坂村氏の持ち物や研究室の備品にはすべてこのチップが付いている。実際にはUIDというシールを貼ってあるここにチップが付いている。たとえば、このボールペンにユビキタス・コミュニケータを近づけると、品名、値段などが表示され、音声で確認したり、インクの注文ができたりする。薬の瓶を近づければ、その内容だけでなく、飲み合わせの可否も教えてくれる。
 このようにユビキタス・コンピューティングの可能性は大きく膨らんでいくのだが、アメリカでは全く違った方向となっている。だいたいこういう研究をやっているとアメリカはどうかと聞かれることが多くて嫌になるが、この分野では別路線だ。アメリカではあくまで管理用である。
 アメリカでは内部犯行によるシュリンケージ被害が日常茶飯事だ。数量ベースで3割の品物が消費者に渡る前になくなってしまうという。額にすれば年間600億ドル。これをRFID導入によって削減できれば、導入費用は安いものだ。アメリカが指向するのはSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)である。だからプライバシー問題も起こりうる。
 TRONはいつもコンピュータが何に使えるかを考えてきた。私たちの文化に合わないものは駄目だ。たとえば核物質管理用の使い方では天井全体から人体に害のあるような強い電波のシャワーを流すことで常時監視するわけだが、我々が目指すのは生活の中に深く入り込む使われ方である。「コンテクスト・アウェアネス」という考え方である。コンピュータやネットワークが人間の生活空間の状況を認識することだ。つまり、モノのコンテクスト(モノの位置と属性情報)、人のコンテクスト(人の位置と属性情報)、場のコンテクスト(場所、時間、温湿度・光・音・風などの環境情報)をコンピュータが認識し、人間に意識させずに細かい最適制御を行うことである。今までコンピュータはバーチャル(仮想空間)のものであって現実空間のものではなかった。仮想空間と現実空間を一致させることが、ユビキタス・コンピューティングだ。    
 今進めているのはコンピュータをモノではなく場所につけるという試みだ。ユビキタス場所情報システムは、場所の情報、店の情報などの新サービスで、単なる位置情報であるGPSとは目的が異なる。たとえば歩行者ナビゲーションシステムであったり、身障者・高齢者のための自律異動支援プロジェクトであったり、人間の安全・安心を高度に実現するものである。今年は神戸で4万個のマークを付ける実験を試みる。
 次世代ユビキタス情報社会基盤の形成には、オープンシステムとしての取り組みが、実現のための重要な考え方である。システムの透明性、自己責任、これらは産学官民の協力がなければ実現しない。国が情報基盤を整備し、民間がそれを展開するという図式だ。インフラ整備には10年かかるが、長くて短い10年だろう。
 もしこの講義でユビキタスにいてもっと知りたいと思ったら『ユビキタス、TRONに出会う』(NTT出版)、『ユビキタス社会がやってきた』(日本放送出版協会)などを読んでほしい。

※今回の講演は武田シンポジウムの講義録と重なる部分も多いので、参照されることをお勧めする。ボールペン、シャツ、薬瓶がどう答えたかはこの講義録どおりである。

Q&Aは3問。参考資料も持参していた隣の人が一生懸命手を挙げていたけれど、気づかれなくて気の毒だった。

Q チップの情報の更新はどうするのですか。
A チップそのものにデータが入っているのではなく、モノを区別するための識別番号が入っているだけだ。番号が意味する内容は別のコンピュータに入っている。場所情報でいえば店の前にある店の情報は、その店の人が更新すると考えてもらったらいい。

Q 学生の頃はどんな目標を持っていらっしゃいましたか。
A コンピュータの勉強はしていたが、今やっていることをしようとは決めていなかった。
 研究が本当にわかったと思うには10年かかる。10年やると自信がついてくる。5年でカラ自信もつくが。そうしたらその分野でがんばればいい。

Q 営利ではなく公共にという考え方は神様のようですが、幼い頃に影響を受けたものがありますか。
A 僕はおいしいものを食べたら人にも食べさせたいと思う性格だ。それがコンピュータだっただけだ。コンピュータは必ず人間の役に立つだろうと思っていた。特に身障者や高齢者に。インフラは独占すべきでないというのが僕の考えだ。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。

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また来てしまった・・・(瀬戸会場)

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 今日は万博大学の日。腱鞘炎のためバイクはやめてEXPOシャトルで行く。8時半の乗車だが、まあまあの混み具合である。金山からずっと立っていった。万博八草駅からはシャトルバス。瀬戸会場直行組は少なく、バス1台で全員乗車。半分は立ち席であるが。
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 到着後すぐに里の自然学校受付へ向かう。10時出発の新メニュー「もりの記憶」を予約。時間があるので市民パビリオンへ行く。ここでは
ざぶん賞・・・小中学生が書いた海や水への思いに、画家・イラストレーターが絵をつけたもの。作品展。
盆栽で伝える里山の知恵プロジェクト
菜の花プロジェクト
三河炭やき塾
ムリンディ・ジャパン・ワンラブ・プロジェクト
など、地球環境を考える出展がある。
 里の自然学校に戻る。参加者4名。このレポートはHPに書くことにする。
 ほどよい時間になり、愛工大へ。すぐそこに校舎が見えているが八草行きのバスに乗る。1名様貸し切りだ。さすがにもう帰るやつはいないらしい。駅に着くとタッチの差で愛工大行きのバスが出ていった。で、学生にならって歩くことにする。道を聞くついでに、裏から瀬戸会場へ行けるかどうかも聞いてみた。
 万博大学が終わって、校舎裏から瀬戸会場へ。徒歩5分だ。再入場し午前中見られなかった瀬戸愛知県館と瀬戸日本館を見る。夕方になって少し人が増えたようだ。
 瀬戸愛知県館森の劇場」では、森の自然を音と映像で見せてくれる。生物の食物連鎖を説明し、「全部そろっている」ことが大切だと説く。オペラ歌手の肉声、コナラが水を吸い上げる音に森のいのちを感じる。 
 瀬戸日本館では「群読 叙事詩劇 一粒の種」を上演。古今集、宮沢賢治、本居宣長、いろはがるた、がまの油売り、民謡、祭り・・・美しい日本語の群読(複数人での朗読と言おうか)と迫力あるパフォーマンスとで、これまで見た中で唯一、高い芸術性を感じるステージだった。 

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2005/05/13

雨の平日、夕方なら

 2度目の万博である。昨日は予報どおり雨。しかも本降りである。昼食後のコーヒーが飲みたい、が会場内でうまいコーヒーの飲めるところが思いつかないため、喫茶店に寄ってから出かける。余裕である。
 長久手駐車場はそれでも多くの車が駐まっていた。観光バスも多い。が、シャトルバスはがらがら。さすがの平日である。
 会場に着いたのは3時頃か。団体客が帰るピークだったのか、観光バスの駐車場に向かう人の列が停滞していた。入場の方はがら空きである(入場者7万9842人)。
0512_006 で、多少の期待を持って人気パビリオンの集まる企業パビリオンゾーンBへ向かう。いつになく人が少ないように思う。が、日立グループ館110分待ち、三井・東芝館90分待ち、ガスパビリオン40分待ちである。と、夢見る山「めざめの方舟」の次回上演整理券を配り始めた。それを受け取って時間つぶしに夢見る山の他の3つのゾーンに入った。すべて待ち時間なしである。ブラザー、シャチハタは時間がなくてやらなかったが、参加型で面白そうだ。次回にトライしたい。NGKは3D映像で水の不思議を見せてくれるが、説明不足で不完全燃焼。めざめのは小舟は、演出に凝るのはわかるが今一つ。
 ネット予約してあったJR東海超電導リニア館に向かう。せっかく予約してあったのだが、予約なしでも十分1回の上映で収容しきれる人数(250名)以内のため、余り甲斐はない。が、さすがに優先的扱いはしてもらえたので満足である。プレショーでは鉄道の歴史をフィルムで見せてくれる。そもそものところで鉄道が「鉄の粘着性」を利用して走っていることがわかり、眼から鱗であった。3Dシアターでは大画面いっぱいにリニアを見せてくれる。なかなかの迫力である。私は満足したがが、走っているばかりだと言われれば否めない(飽きっぽい母は少し眠ってしまったほど)。
 0512_009外へ出たら雨が上がって、虹が出ていた。小腹が空いていたが三菱未来館が待ち時間なしだったので入る。もしも月がなかったら地球は高速で自転し、生物の進化は遅い。その荒涼たる世界を描いたフィルムはなかなか興味深い。いまの地球環境が奇跡とも言える偶然の上にある、希有なものであることをストレートに表現していた。が、それを今までそんなことを考えたこともない人にどれだけ伝えられたか。多少懸念は残る。
 イラ・フォルモサで点心をつまんだ後、グローバルハウスへ。ここも予約してあったのだが、集合時間に遅れてしまったため、予約なしの人と区別なしである。あるいは整理券をもらった人だったか。まあ、とにかく待ち時間なしだからよしとせねば。オレンジホールでは超大画面のスーパーハイビジョン(JRと同じくらいの大きさ?)で、美しい自然の映像を見る。心を打つその美しさ、しかしそれを守ることが我々の課題だと皆が思っただろうか。展示コーナーでは地球の誕生からマンモス、ヒトの登場まで、数々の展示がある。説明は一人一人にレンタルされるカード型の機械を耳にあてて聞くのだが、聞こえにくいところも多く、ストレスが大きい。時間にせかされて、マンモスラボへ。冷凍マンモスの頭部が、落ち着かない様子でそこにあった。
「自然の叡智」というテーマをどう表現するか、いまここにある奇跡にどれだけの人を気づかせるか、パビリオンの評価はそんな観点でしたいと思う。万博の開発で失ったもの以上に、これから取り返す環境への効果がなければ、万博を行った意味がない。そういう意味で、高度な表現より、直接的で子供にもわかる表現を評価したい。

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2005/04/30

万博大学第3回講義ノート「ヒトの設計図・ゲノムを極める」清水信義氏

 ヒトゲノム研究の第一人者清水教授の講演を聴く。

 ゲノム(Genome)とは、遺伝子(Gene)と染色体(Chromosome)をまとめて呼んだもので、化学的実体はDNAである。
 ヒトの個体は60兆個の細胞で作られている。その一つ一つの細胞は23対つまり46本の染色体で特徴づけられている。染色体を形成するのはDNAである。DNAは50年前にワトソン=クリックが明らかにしたとおり二重らせん構造をもつ、糸状の巨大分子である。どれほど巨大化というとDNAの端から端までが1個2m。ヒトにはこれが60兆個あるわけだから120兆mのDNAという糸でがんじがらめにされているということになる。人の世のしがらみを考えるとなにやら象徴的である。
 DNAがタンパク質を作るしくみをセントラルドクマといい、これ自体はすべての生物で同じである。DNAはタンパク質を合成する設計図だ。A、T、C、Gという塩基(A-T、C-Gという塩基対)の配列は64種類あるが、これが遺伝暗号となる。塩基が30億個並んで一つのシナリオを作っている。
※このあたりはさらっといってしまったので、私はここでおさらいをした。ここはもっと詳しい。

 清水氏のゲノム解析プロジェクトは、川崎にある慶應義塾大学新川崎タウンキャンパスで展開されている。ハイテクラボラトリーといった感じの設備である。そこでは、ヒトゲノムのシーケンシング作業が行われている。ロゼッタストーンの解読にたとえるように、膨大な文字列に句読点を打って遺伝子構造を解析する。慶大チームは99年12月2日にヒト22番染色体のDNAシーケンス報告を行った。3400万文字の塩基を読み取ったのだ。また翌年5月には日ヒト21番染色体の解読にも成功し、解読完了記者会見を行った。メディアには「神への挑戦」と書かれた。
※このあたりのスライドは慶大医学部分子生物学教室のHPに出ているものから多数取られていた。
 ゲノム解析による生物の遺伝子数は、ヒト23000、クダモノバエ13000、線虫数千。ヒトの遺伝子がこんなに少なくていいのかという指摘があるが、巧妙なメカニズムによりこれで足りているらしい。
 メンデルの遺伝の法則はよく知られている。形質を継代する因子が遺伝子である。優性遺伝と劣性遺伝があり、髪の毛、つむじ、まぶた、目の色、耳あか(ドライorウェット)、巻き舌などに現れる。ヒトの毛髪の形成にも108個の遺伝子がかかわっている。ちなみに108という数字は除夜の鐘を鳴らす煩悩の数と同じ。これも象徴的である。
 毛髪は毛胞で作られるが、そのon/offのスイッチには遺伝子が関わっている。これを早く解明しなければならない。
※清水氏にも時間がない(額後退中)とのコメントに会場は爆笑。随所に、一般向けのセミナーという心遣いあり。

 ところでゲノムには個人差がある。タンパク質のアミノ酸配列のうち0.1%は、人により異なる。これを1塩基多型(SNP)という。ヒトの塩基は30億だから、300万くらいの塩基は人により異なるわけで、体質の差となって現れる。またDNAによる個人判定はこれを利用する。
 生活習慣病は、環境因子とSNP(遺伝因子)が引き起こす。診断と予防にゲノムが役立つかもしれない。
 パーキンソン病は第6染色体の一部が欠損しているため脳内の黒質神経細胞に異常をきたす病気であるが、そのメカニズムが解明されつつある。また常染色体劣性難聴の家系を分析すると、21番染色体の聴覚関連遺伝子の異常がみられた。こういった研究を重ねて疾患遺伝子データベースを作っていく。ヒトゲノム解析の21世紀医療へのインパクトは、DNA診断、ゲノム創薬、再生医療と広がっていく。
  どのような遺伝子がどのように働いているかを解析するために、研究室ではDNAマイクロアレイを使っている。これはガン細胞の暴発を調べるにも役立っている。遺伝子治療では、ウイルスに治療用の遺伝子を乗せて臓器まで運ぶことが考えられているし、再生医療の分野では臓器の再生も研究されている。クローンについては、科学の快挙とも神への冒涜とも評価されるが、クローン人間は作製禁止である。ただ、ルールを破るグループが現れる可能性はある。
 生命の設計図はゲノムDNAである。それは「命の大切さ」を秘めている。ヒトの胎児は動物の進化の過程をたどる。ヒトの遺伝子と似た遺伝子を他の動物も持っている。たとえばメダカはヒトの6割もの共通する遺伝子を持っている。
 生物は、固有の特徴的なパワーを生み出す遺伝子を持っている。イルカの超音波バイオセンサーや、ヒラメ・カレイのような左右非対称のもの(ヒトの体の中もそうだ)、こういうものをゲノムスーパーパワー(GSP)と呼び、それを探索するプロジェクトを進めている。NTTが推進するグリッド・コンピューティングによる計算に、皆さんもぜひ協力してほしい。
 ゲノム研究は21世紀社会に多様なインパクトを与えるだろう。
 いまはGSP探索する研究所を作るのが大きな夢である。学生諸君も科学する心で夢に挑戦してほしい。
※ゲノム俳句、ゲノム塾、ゲノムを讃える歌(本邦2回目公開;メダカの学校の替え歌)の披露もあって笑わせてくれた。ゲノム俳句はあまり自信作でなかったのか、ささっと次へ行ってしまい、メモがとれなかったが・・・
【ゲノム憲章】
・ゲノムの謎解きに挑戦する
・ゲノムの神髄を正しく理解する
・ゲノムから個の尊さを学ぶ
・ゲノムの尊厳を守る
・ゲノムから新世界を開拓する

講義後のQ&A。今回は本山サテライトからも質問があった。

Q 友人がパーキンソン病ですが、ゲノム解析により治るでしょうか。
A 残念ながら、学問は進んでもフィードバックできていないのが一般的な姿だ。まだ対症療法しかなく、画期的な治療法は出ていない。

Q ゲノム研究の究極の目的は?
A アカデミズムで言えば、ヒトの設計図を科学的に理解するという、知的好奇心の対象だ。

Q 進化と遺伝子コピーとは矛盾するような気がするが・・・
A DNAがコピーされるときに、微妙に異なるものができる。生存には影響がないが、それが多様性を生み出す。進化はその果てしない繰り返しで起こる。遺伝子情報の中には機能していない「ニセ遺伝子」が多数存在するが、将来の人類に役立つ形質かもしれない。

Q 塩基とはどんな物質?生き物か?
A 化学物質だ。いわゆる生きているという意味とは違う。

Q タンパク質の配列が音楽になると聞いたことがあるが。
A ちょっと無理もあるのでは。

Q DNAマイクロアレイという機械はどんなものか。
A DNAの文字列をスポッティングするための機械だ。DNAのどこが傷ついているか、診断に使うことができる。

Q 父、祖父の頭髪が薄いが僕は大丈夫だろうか。
A わからない(爆)。早く研究に参加してください。
 
(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。特に今回は信憑性低いです。

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2005/04/21

万博のオンライン予約って・・・

 はあ~~~疲れた。
 せっかく万博大学へ行くんだから万博会場にも来てねっていうのは協会でも同じことを考えているはずなんだけど、予約システムがねぇ。
 昨夜、5月21日(土)の予約を取ろうと思うけど、何時に更新されるかわからない。で、12時に更新されないのを確認して寝る。朝は5時からチェックを続け、更新されたと気づいた9時になった途端、アクセスできなくなった。時々先の画面にまで行くのだがごめんなさいになってしまう。そうこうするうち、お目当てのトヨタ館は売り切れた。わずか30分である。その後もトライし続けるがつながらない。1時間やって、さすがに「これじゃあ現地で待つのと同じじゃないか」と思い、時々試すだけにした。が、状況は変わらず企業パビリオンは10時50分に売り切れた。
 その後11時を回ったら、ようやくつながった。しかも小出しにしていたのか、企業パビリオンの枠が戻っている。やった、と思いきや、この券ではもう予約はできませんときた。さんざんじらしておいてこれだもんなあ。同日2件までというのは、複数日不可であったのだ。ということはせっかく全期間入場券を持っていてもネット予約は実質上1ヶ月に1度だけということになる。なんだかなあ。
 ついでにいうと万博のホームページは公式サイトのくせしてなにかと不親切だ。この前予約したとき(平日の売れ残ってるやつを予約したのでアクセスは楽だったが)、2つめのパビリオンを予約しようとしたら「予約と予約の間は2時間以上開けてください」と出た。で、2時間後に再び申し込んだらまた同じメッセージ。よくよく考えたら予約する集合時刻の間隔を2時間以上という意味だった。今回の「同日2つ」だってそうだ。誤解を招く表現はやめてほしい。誤字も見つけちゃったので「作り方が悪い」っていう評価に傾いちゃうなあ。
200504_005
お疲れ・・・

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2005/04/16

万博大学第2回講義ノート「ノーベル化学賞への道」野依良治氏

 ノーベル化学賞受賞者野依教授の講演を聴く。

 まずはこの地区へのメッセージ。21世紀は「知識基盤社会」となるであろうが、これは国民が知性を磨く必要のあることを示している。当地はモノ作りの盛んなところだが、知的クラスターにもなってほしい。「愛知」の名のごとく知恵を愛し、若い人たちは知的に精進していただきたい。
 野依さんのノーベル化学賞受賞は2001年である。この年はノーベル賞100周年の記念すべき年で、式典には130人が正装(燕尾服又は民族衣装)で集まった。野依さんもNのマークの上で国王から賞をもらう。
 野依さんの科学観はこうだ。科学研究とは、はてしなく続く「知の旅」である。目的地への到達よりもさまざまな出会い、良い旅をすること自体に大きな意味がある。優れた研究は優位の人を育て、また社会にも貢献する。(太字はスライド;以下同じ)科学は永遠に発展するものであり、その研究ではプロセスも大切だ。
 科学の役割について考えてみよう。人間はいつも環境(自然および社会)と対峙し、順応しながら生きている。大事なことは「自然を知る」こと、「文明を作る」こと、「文化を育む」ことである。それでは自然とは何か、そして私たちは?宇宙の誕生は137億年前のビッグバン。太陽系ができ、地球ができ、人類が現れたのはせいぜい10万年前だが、すべての生命の起源は同じであることがわかっている。DNAは「物質」であるが、それは宇宙の4%で、残りの96%はダークマターである。こういうことをすべての人が客観的に知ることができる、そのことにより謙虚に生きることができるのであり、まっとうな自然観が育まれる。そういう意味で基礎科学は社会的に大きな役割をになっている。自然観と世界観を変革した科学的発見はさまざまである。宇宙観はガリレオによって変わり、生命観はメンデルによって変わった。自然を五感で知ることには限りがあるが、科学や技術によって深く知ることができる。
 ここで野依さんは生い立ちについて語る。野依さんの父は化学製品の会社に勤めており、比較的裕福な家庭だったのだろう、神戸大付属小、灘中・高と進学する。自然環境と、良き友と先生に恵まれ、家にはあふれるほど科学の書物があったという。1949年、湯川秀樹氏がノーベル物理学賞を受賞し世が沸いたとき、父は湯川氏と近しいことを聞き、憧れと親しみを感じたという。その2年後、野依さんが中学に上がる春休み、父と行った東洋レーヨンの製品発表会「ナイロンは石炭と水と空気から生まれる」ことを知り、これが野依さんを化学へ向かわせる決定打となる。こういう環境の中で野依さんは化学への「憧れと感動、そして志」を高くしていった。そして57年にはビニロン発明者櫻田一郎先生にあこがれて京大工学部へ右と左の概念には、53年のDNA二重螺旋、56年のパリティーの非保存で出会う。
 子供たちには憧れや感動を与えるような具体的な物や人を示すことが大切である。ビニロンは日本初の合成繊維で、櫻田教授は当時中学生でも知っていた。現代ではそういう大先生がいない(のがさびしい)。
 野依さんの灘中・高時代は昭和26-32年。「精力善用、自他共栄」の校風の元、男は気力と体力だと思って柔道をやった。勉強はやりたいことをやるのが大切だ。偏差値なんかは愚の骨頂だ。
 60年、京大工学部4年、卒業研究で宍戸圭一、野崎一先生に師事、化学ほど面白いものはないと思った。大学を卒業して会社員になろうと思っていたのに、野崎先生に誘われるまま助手になって大学に残ることになる。そして27歳で運命との出会い、後にノーベル賞の発端となる研究に出会うのである。その後68年にはフグ毒の研修者平田義正から「名古屋の有機化学を良くしてほしい」と言われ名大助教授に。 しかし翌69年にはハーバード大学へ留学。米国の圧倒的な力に驚く。学問の差にも驚いたが、給料の大差(地位逆転してもなお10倍の差)にも驚いた。72年、理学部教授に就任、結婚。教授になってから結婚したので、内助の功はないことを「特記」したいそうである。   
分子の特徴のうち、基本的なものは次のようである。
・有限かつ一定数の原子の集合体
・原子の厳密な結合順序(=原子の結合長は0.1-0.2nm)
・立体配置(相対的、絶対的[左右])
・立体配座(すがた)
・物性と機能の発現
・設計と合成(各種化学反応の組み合わせ)

化学は観察のみでなく、無から有(価値あるもの)を生み出す科学である。そして野依さんの関心の焦点は分子の立体配置である。分子における左右(キラリティー、掌性)は炭素の原子に腕が4本あることからできる。すなわち分子式が同じでも分子の結合の仕方(配置)によって左右非対称鏡像異性体光学異性体)が生じるのである。こういう炭素を「不斉炭素」といい、分子の物理的数値は全く同じだが、生物現象、生命現象においては別のものになる。たとえば香料・食品添加物では味・においが別のものになってしまうし、医薬や農薬においては片方は薬だが片方は毒となることもある。サリドマイドはその典型である。左右のあるもののうち、一方は生体内のレセプターにぴったりとはまるが、もう一方ははまらない。それが毒性を持つことにつながる。かつてパスツールは、左右非対称について、無生物の化学と生物物質の化学との間に、はっきりと引ける唯一の境界線、無生物的な対称的な力が対称的な原子ないし分子に働いて、そこに非対称的性が生じるはずがないと述べたが、野依さんはこれを疑問として挑戦を続けてきたのだ。
 右手型と左手型の生成する割合は1:1である。それは分子の数がとてつもないものであるからだ。アボガドロ定数をここで考えてみる。アボガドロ定数(1モルの分子数)6.02×10の23乗である。これは18グラムの水の中に入っている分子の数だが、ぴんとこないと思うので具体的に見えるようにしてみる。たとえば、鉛筆で打てる打点の数は1分間に300-400である。これをアボガドロ定数分1人でやると10の15乗年(1000兆年)かかる。世界中の63億人で手分けして一斉に始めたら16万年かかる。あるいは、1分子が米粒大とするとアボガドロ定数は10の7乗立方kmすなわち東京ドーム100億杯、琵琶湖50万杯、日本全土に敷き詰めたときの高さ30kmである。化学者はこんな数を取り扱っているのである。そして科学者、教師は、学生に感動を与える教え方(それは具体的に頭に描けるもので見せることだ)を心がけるべきである。
 野依さんのもらったノーベル賞のプレートには左右対称の巻き貝が描かれ、片方は明るい色、片方は暗い色で描かれている。すなわち分子の左右を作り分けることを可能にしたのが野依さんの業績である。触媒を使うと、左右の比率を99:1もしくは100:1で生成することができる。不斉水素化反応の触媒は1974年から80年の6年間で開発された。この研究は野依さんだけでなく故人高谷教授の功績も大きいそうだ。6年の研究は長かったが、あきらめなかった理由について野依さんは、「分子が美しいと思ったからです。それしかない。・・・この美女をなんとか・・・きわめて情緒的かつ主観的なものではありますが、まあ、そういうことです。」と熱っぽく語った。科学には「思い入れ」も大切である。それは「確信」と言ってもいいが、「思いこみ(盲信)」はNGである。精神的な要素は仕事をする上でたいへんに重要である。

科学研究の評価の要素
 ・独創性   驚き
 ・普遍性   信頼、納得
 ・継続的な先導性
 ・科学的、社会的波及効果
    「分野の開拓」「雇用の創出」

野依さんが考える評価の要素は、まず独創性。研究は人と違うものでなければならない。また、驚きをもたらすものでなければならない。次に普遍性。多くの人が「腑に落ちる」ことが必要である。そして先導性、常にリードすることだ。競争の世界である。金もかかるしチームも必要だ。最終的には新分野の開拓と雇用の創出を伴わねばならない。最たる例はワトソン-クリックのDNA二重螺旋の発見だろう。これにより「分子生物」の分野ができ、ビジネスとしても大きな広がりとなった。
 科学と社会のかかわり 
科学研究知の営み)は純正分野である「知識の創造」と応用分野である「知識の活用」に分けられる。知識の創造は自然科学人文社会科学であるが、そこでは創造性、普遍性、啓蒙性が必要である。なかでも啓蒙性は「教える」こととしていちばん大きな役割を示している。一方知識の活用は産業技術で具現化されるが、それはもっと大きな科学技術の一部でしかない。応用分野としての産業技術には事業性がなければならないが、それだけでは駄目だ。文明社会に向けた科学技術を考えねばならず、そこでのキーワードは公共性である。科学は誰のためにあるべきか。それは未来の世代のためにあるべきである。我々の世代は十二分に恵まれている。化石資源問題など、世代間の不公平があってはならない。いま、人類生存のために、未来に向けてはっきりした答えが求められているのだ。科学は人類生存のためにある。分野融合により科学と技術が相携えて未来を見つめてゆかねばならない。
 20世紀技術革新の時代であった。我々の生活を決定的に変革した20の技術として最たるものは電力利用であり、以下、自動車航空機水の供給エレクトロニクスラジオとテレビ農業の機械化コンピュータ電話技術空調と冷蔵高速道路宇宙衛星インターネットイメージング・・・と続く。これらはアメリカの価値観なので、我々日本人には少しぴんとこない部分があるかもしれない。たとえば高速鉄道(新幹線)などを入れたいと思う。残念なのはこれらのなかに日本がゼロから始めたものが入っていないことだ。今後基礎科学に力を入れたいのはそのためでもある。またこれらの選択基準は公共性と長期的視点である。しかしこれらはすべて地球の枠組みの中で成り立っている。その前提が変われば直ちに破綻するものであるという認識を持つことが重要である。
 現代は矛盾内蔵型の社会である。そして当事者が責任を回避している。人口爆発、市場経済の蔓延(グローバル化)、産業技術の発展、生活様式の変化・・・過大な人間活動が深刻な気候変動と環境変化、そして資源・エネルギーの枯渇を惹き起こしている。現在の状況は我々が選択し自らを危機に直面させているにもかかわらず、責任を取らずツケを未来に渡そうとしている。
 メビウスの帯は、我々の価値観を端的に表している。メビウスの帯は、ローカルに見れば表は表、裏は裏である。しかしグローバルに見れば一つであって裏表はない。これは矛盾内蔵型の現代社会と同じである。我々の叡智によりこの矛盾を解決していかねばならない。
 今後重視していかねばならないことは、文明と文化の共生である。文明(civilization)とは、人知による技術的物質的所産としての近代社会の状況である。それは普遍的であり、流行し進歩すべく宿命づけられている。一方文化(culture)は、精神的特質であり、多様で、伝統としての永続性を持つものと定義づけられる。現代の状況は、文明が文化を踏みにじっているのではないかと思われる。日本が衰退しているとすれば、それは文化の衰退によるものだと思う。皆さん一人一人の文化度を上げることによって、まともな社会が作れる。
 文化の要素には、言語、情緒(感性)、論理(理性)、科学、がある。ベースになるのは言語である。言語がなければ何も始まらない。が、各要素は互いに尊重しあう関係でなければならない。学校教育の早い段階で文系・理系を分けるのは亡国への道である。文系の人は理系の学問に興味を持ち、理系の人は文系の学問に興味を持つことが必要である。
 人間が生きる真の意味は、世代の継承である。それは、「ヒト」としては種の保存(DNAの伝達)であり、「人間」としては文化の伝承である。われわれは何処から来て、何処へ行こうとしているのか。真当な自然観、社会観、人生観そして国民としての誇りを享受するため、科学と科学技術があると思っている。生は偶然、死は必然である。もし「悪」というものがあるとすれば、それは世代の継承を人為的に妨げるものである。最たるものは核兵器、軍事であろう。

講義後の質疑応答。たくさん手が上がった。野依さんは若い世代に答えたいようだったが、質問者は老若半々。しかしすべて男性。

Q 野依さんが就職を望みながらも大学に残って研究の道を選んだわけは?
A 野崎先生にだまされたから(笑)。人生は川に流れる笹舟のごとし。目的よりも川の流れの方が大きくなって、だんだん足が抜けられなくなった。人生には自分の意図を越えて運命の出会いがやってくるようだ。どちらを選んだら良かったかということになるとわからないが。

Q 教授になるにあたっては奥様の内助の功はなかったとのことですが、その後は?
A (大照れの様子)感謝するとすれば、自由にさせてくれたということ。それ以外は思い当たらない。
Q では、奥様にきいてみましょう。
A 男の人が自分の好きなことをするのを見ているのが好きなので、それでやってこられたと思います。

Q 先生の業績は左右の作り分けですが、自然本来の姿はどうでしょう?
A ゆらぎや増幅のメカニズムが知られており多説あるが確定した答えはない。

Q ノーベル賞受賞の雰囲気をもう少し話してください。
A 12月10日の授賞式より、10月10日の発表の時の方が大変だった。インターネットに出てからは、水を飲む暇もないくらいに忙しくなったし、ジャーナリストから逃げるのも大変だった。セレモニー自体は、華麗、荘厳なものだった。たいへんフォーマルで、晴れがましかった。

Q 6年にわたる触媒の研究の途中、迷いはありませんでしたか?
A 1人でなかったことが大きい。高谷教授、大勢の学生が助けてくれた。忍耐強く、協力的で、気長につきあってくれた。また、私自身は他の研究もやっており、気が紛れた。が、触媒の研究も忘れることなく続けたということだ。

 野依さん、毛利さんとも世代の継承のために人は生きねばならない、未来にツケを残してはいけないことを共通して話された。受講生の我々は、そのメッセージを一人でも多くの人に伝えねばならないだろう。地球とつながる生命の一つとして。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。(録音禁止ですからね)

(おまけ)今日からは愛工大での受講だ。早く到着して真ん中ブロック2列目の端の席をゲット。当然のことながら今回はスポットライトとかはないし、机もあって授業の雰囲気。しかも学生たちのにぎやかなこと。

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2005/04/10

万博大学第1回講義ノート「地球生命として未来への挑戦」毛利衛氏

 万博大学が始まった。初回は宇宙飛行士毛利さんの講演だ。
 毛利さんはもともとは材料やエネルギーを研究する仕事をしていたのだが、宇宙飛行士になり、宇宙から地球を見て生命や社会について考えるようになったそうだ。「地球はまほろば」つまり「たった一つの帰るところ」である。その思いを共有するには、我々もまず地球から離れた宇宙から地球を見てみなければならない。スクリーンにはまず30キロ上空から見た愛知県が映し出された。三河湾が上、つまり南が上であるが、宇宙から見れば南も北もない。次は300キロ上空。スペースシャトルの窓だと、その幅に丁度九州から北海道までが入るという。さらに13000キロつまり地球一つ分離れてみる。地球全体が見える。そして月面から見た地球。月の地平線に地球が沈むアポロ8号からの映像を見て、「宇宙船地球号」という概念が生まれた。1969年、毛利さん20歳の時だ。
 そして人類の挑戦は火星へと進む。一昨年、300万年ぶりに火星が大接近するのに合わせ、各国が火星に向けてロケットを打ち上げた。が、成功したのはNASAのみ。火星探索ロボットはSpiritとOpportunityの2機だが、現在でも火星表面で活躍している。彼らが火星に降りたって働き出すまでのCGがスクリーンに映された。アメリカの高校生の作品だが、非常によくできている。アニメーションは着陸船が切り離されるところからスタートする。火星の薄い大気との摩擦熱で熱くなり、パラシュートが開き、さらにはゴムまりの集合体のような緩衝材が放り出されてバウンドを繰り返した後、着陸船は安全に着地する。中からは探索機のシェル。羽のようにぱたぱたと自分で展開し、目となるセンサーを自分で持ち上げ、自走して火星表面に降りる。何しろ火星から地球へは電波でも往復20分かかる。いちいち次の指示を待っていたのでは働けないので、ロボットが自分で考えて行動できるように作ってある。エネルギー源は太陽電池だ。地面(地球ではないので火面とでも言うのでしょうかと毛利さんは言っていたが)の岩に当たらないように上手に進んだあと、岩石を削ってサンプリングするところまでが描かれていた。続いてロボットが撮影した画像となるが、CGとほとんど見分けがつかないほどである。(CGは編集したものをアメリカ館で上映中。探索ロボットのレプリカもある。)火星探索ロボットは、いまは火星上での生命の探索を行っているが、期待できるのはバクテリア程度の下等生物だという。また、岩石を分析した結果、水が存在した証拠である硫酸塩が存在しているという。
 火星での日没は、空が赤くならない。大気が二酸化炭素であるため、日没の空は青い。
 太陽は、エネルギーの塊である。爆発を繰り返す、怖いくらいの存在だ。しかし地球では、太陽は「生命を育むもの」である。これは地球に大気と水があること、さらに金属でできたコアが回転することによって発生する磁場が太陽からの有害物質(プラズマ)をカットしているためである。
 ここで毛利さんは提案する。

地球環境意識の拡大
 +30km      →   +1億5000万km
 成層圏       →   太陽系
 地球表面
   深海-10km →   内部コア -6500km 

この提案は長久手日本館にも展示があるそうだ。
 
 テーマは次に移る。科学はめざましく進歩しているように見えるが、実は生命と宇宙の係わりについての研究は相当遅れている。スクリーンには再び、宇宙空間から見た地球が映し出される。

地球表面にはたくさんの人間がひしめいているが、実は宇宙からはその姿は見えない。もし宇宙人が宇宙から地球を見たとしても、人間がいることは気づかないだろう。宇宙から確認できる地球の生命は、陸では森林、海ではサンゴだけである。しかし夜の側で地球を見ると、たくさんの光が見える。光は人間が出している。そして光はネットワークを形成しているように見える。なぜ今、ネットワークが必要か、それを考えてみよう。

私たちは今科学技術によって
・宇宙から地球全体を見られるようになった
・生命のもと(ゲノム)がわかった
その結果
・すべての生命はつながっていることがわかった
    今新しい時代を生きている
       (太字はスライド)

DNAの組み合わせで別の生物になることがわかった、つまり生命はすべてつながりを持っているのである。

生命はどのようにつながってきたか
・多様化
・個の新しい挑戦

生きることの意味
・個として生きる ~100年
・日本人    ~2000年
・人類     ~200万年
・地球生命として ~40億年

生きる喜びとは
・生き残れる可能性が高まる
 →病気を克服するとうれしい  能力が高まるとうれしい
・次世代につなげること
 →赤ちゃんが生まれるとうれしい 子供が成長するとうれしい

では、なぜ個人と関係のないイチローや松井が活躍してもうれしいのか。あるいは世界新記録が出るとなぜうれしいのか。それは、日本人の能力が高まったこと、人類の能力が高まったことがうれしいのである。能力が高まることは、生きのびる可能性が高まることである。

個の挑戦と全体とのつながり
 人間を含む生命体の流れ
 全体の貢献
 

誰もが期待されている
・環境と個性の適合で個が突然力を発揮する
 それにより種全体のレベルが上がる
・誰でも皆DNAの組み合わせが違う
 誰もがチャンスがある
 それに挑戦することが最高の喜び
 未来へ生命のつながりに貢献

個をのばすことは全体の能力が上がることにつながる。一人一人が多様な分野で挑戦することで社会全体のレベルが上がる。行き詰まっているから本能的にネットワークで地球を守ろうとしているのである。力を合わせ、未来に向けて生き延びることで地球を守っていかねばならない。

質疑応答で、火星に人が住む時代になるだろうかという質問に対し、毛利さんは大いに可能性があると答えた。火星の地下には大量の氷があるらしいし、二酸化炭素を利用して温暖化を図ることもできるかもしれない。火星に向かうのも、生きのびるためである。

(お断り)この講義録は私個人のメモと記憶のみに頼って書いていますので、間違いや欠落もあるかもしれません。その点をお含みの上お読みください。 

毛利さんが館長を務める日本科学未来館のHPはこちら

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2005/04/09

万博大学 開学式

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EXPOホールでの開学式。受付スタートの12時に行くとまだかなり空いている状況で、名簿チェックもスムーズ。真ん中の前から3列目の端を取ることができ、うれしくなった。待つこと1時間、いつしか会場は満席となっていた。遅く到着したのはほとんど学生たち。

【学長・名誉学長挨拶】
学長である愛工大総長の後藤淳氏、名誉学長である豊田章一郎氏からのメッセージは、共通したものだった。すなわち、愛知万博の理念に基づき、「科学と人間」「技術と人間」「環境と人間」をキーワードに、21世紀の科学技術と人間の係わりを探求することを目的とし、21世紀を生きる我々の指針となるべく期待するというものであった。学生には単位が与えられ、終了後は講義録も出版されるという。

【開学の議】
 人形作家、愛工大客員教授である夢童由里子氏がプロデュース。実は氏は万博大学自体の発案者でもある。
 はじめは子供たちのダンス。子供の頃の「はてな?」→「そうか、わかった」という気持ちを思いだしてほしい、好奇心を忘れないで・・・というメッセージの込められた振り付けであった。疑問符がいっぱい付いた大人、「好奇心でハジケル」大人でありたいものだ。
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 次はからくり人形「花の祭り」登場。夢堂さんのリモコンで動き出す。最初は扇、次に目玉。からくり人形は、メカニズムとしてはカムとクランクを使ったしくみでそれはずっと変わらないものであるらしい。ただ、そこにいかにハートをプラスするかが重要だという。ARTは今は芸術を表すが、もともとは技術を表す言葉でもあった。ハートが入ったアートを作りたいそうである。ちなみに人形の首筋に「夢」の文字を入れてあるのに気づいた。
 次は大太鼓。考えるということは人類が営々と続けてきた本能的な営みである。太鼓の音で、本能を呼び覚まして欲しいというメッセージである。
 
 

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2005/03/23

完売御礼

 実家では、いや正しくは両親の間では、万博で盛り上がっている。シニアのフリーパスで平日夕方から何度も出かけうという計画だ。私もそれに便乗することにした。ところがどうも出遅れだったらしい。全期間入場券はどこのプレイガイドでも売り切れ。今日10件ほど電話してみたが、どこも4月中旬の入荷待ちである。市中心部がだめならなるべく会場に遠い港区ではと思ってみたが、そこも「朝からそのお電話ばかりです」と言われてしまった。入場券がないと観覧予約ができない。万博大学初日、9日の観覧予約はあきらめかな。
 それと、交通手段だが、両親と行くとき以外は、金山から愛環鉄道の直通列車にしようと思う。リニモは万博が終わってから乗ることにしよう。両親と行くときは車。平日は「裏駐車場」を使わなくても済むかしら。

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2005/03/11

受講証到着

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 万博大学の受講証が来た。合わせてリニモと愛環鉄道の時刻表も。実は愛工大へのアクセス方法をこのあいだから考えている。今のところバイクが最有力だが、八草インターを降りていいのかどうか(交通規制)定かでない。リニモは積み残しが出るというのがおおかたの予想である。万博の入場券をどうするのかということも懸案事項だが、早くしないと前売りが終わってしまう。ああ悩ましい。

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2005/02/06

大当たり

 万博が急速に近づいてきたのを実感する郵便が二つ来た。一つは先週、中部国際空港支援協会から。もう一つは昨日、愛知工業大学から。
 セントレアからは、開港記念プレート敷設位置の知らせである。一昨年工事中のセントレアを見学したときに申し込んでおいたものである。名前をローマ字で申し込んだので同姓同名がいそうだ、同じものがあるかもと心配していたのだが、少し前の新聞報道で敷設位置が通知されるという記事を見た。だから来るべきものが来ただけなのだが、くじに当たったようにうれしい。名鉄に乗って会いに行こう。もうすぐだ。
 愛工大からは「21世紀・万博大学」の受講確認である。これは万博開催中の土曜日13回にわたって開かれる超一流文化人による講演である。一般社会人枠が200名の抽選だったので、ほとんど当たらないと思っていた。が、その当選通知と受講または辞退の意思確認はがきが送られてきたのだ。もちろん参加である。
 願わくば、これで今年の運が尽きることのないように。そのためには、感謝、感謝、でいくことかしら。

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2004/10/14

21世紀万博大学

愛知工業大学の「21世紀★万博大学」の受講申し込みが昨日から始まった。
春くらいから告知はしていたみたいだが、知らなかった。毛利さん、野依さん、坂村さん・・・すばらしい講師陣である。しかも無料!
さっき新聞で知ったので早速申し込む。会場は名古屋市内のサテライトもあり迷ったが、やはりライブでと思い愛工大を指定した。一般社会人枠は200名。抽選の倍率はどこまでいくのだろう。

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2004/10/06

万博のごみ分別、多い?

 愛知万博の来場者向けごみステーションでは、ごみを12種類に分別してもらうそうだ。その内容は、生ごみ、割り箸、ビン、アルミ缶、スチール缶、ペットボトル、プラスチック類、紙コップ・飲料容器、紙類、燃えるごみ、燃えないごみ、飲み残し水。長久手町は9種類、瀬戸市は11種類の分類だから、多くの来場者は普段より細かい分別を強いられることになりそうだと新聞には書かれていた。・・・が、そうかな?

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